七章五話

ほんの少しだけ、桃が何か――古文調の一文である――を呟くとテーブルの上の物がいくつか侑里の目から消えた。

「楠木先輩、『第三の手』を使って、あなたの視界から消えたものを触ってください」

「ユリ?ユリがいるの?」

萌子が侑里の座っている方を見たり、桃の方を見たりしながら問いかける。

「萌子、私は全く移動してないけど、どうかした?」

萌子に訊きながら、『第三の手』で、テーブルの上を撫でる。やはり、消えてしまった物には触れることができない。

「茂手木先輩。楠木先輩は全く動いてませんよ。私が魔術を使って、あなたの視覚と聴覚から楠木先輩を一時的に消しただけです。楠木先輩。『第三の手』を固定するようなやり方で、消えてしまったものを探してみてください」

言われた通りに、意識を集中させて糸を探すと、確かに1ミリも動いていない。

「見つけられたよ」

「ありがとうございます、楠木先輩。すぐに戻しますから待ってくださいね」

再び桃が呪文を唱えると、景色は元通りになった。萌子も再び侑里が見えるようになったらしい。「良かった……」とため息をついてから、桃に向かって言う。

「あなたが今使ったものは、誰でも使えるようなものなのかしら?」

「もちろん。ターナ値が1あれば、一か月ほど鍛錬を積むだけでどんな人でも簡単に使うことができます。もっと複雑なものでも、早ければ三か月で習得できます」

これは噂で聞いただけなんですが、と前置きをしてから桃は更に続けた。

「何年か前に、ひどい銀行強盗事件が起こったのを知っていますか?大量の銃と爆弾が、犠牲者を大勢出して何億も奪って、そのまま逃亡し続けているという事件です。前もって準備しなければならないような規模であったにも関わらず、当日まで誰にも気づかれないまま犯行に及んだ大悪党です」

侑里も萌子も聞き覚えのあることだった。犯人の正体は不明。白昼堂々の犯行で、人質も多くいたにも関わらず、犯人の姿を見ることはできなかったのだ。と生存者は語った。世界中に指名手配されてはいるが、この先も見つかることはないだろう。

「あの犯人は、私が先ほど使った魔術の――もっと言えば、どうやら件の本にかかっているらしい魔術の――優れた使い手です。そんな使い手であれば誰かの記憶に残るはずなのに、

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