七章六話

それだけ「隠す術」というものは強力で恐ろしいものなのですが、と前置きをしてから、桃は努めて明るい声を出した。

「楠木先輩に試してもらった通り、『存在の糸』に触れることさえできれば無力化は容易いです。そうでなくても、どういう仕組みかさえ見極めれば、強い意志の力で打ち消すこともできます」

「秋原さん、質問が二つあるわ。まず一つ目、あなたは『存在の糸』に触れることはできるのかしら?」

桃は悔しそうに首を横に振る。

「私だけではできません。『青銅の鍵』の力を借りるか、実家から道具を持ってくる必要があります」

『青銅の鍵』は錆び具合から考えるに、あと一回使えばもう奇跡を起こす力は失われてしまうだろう。『鍵』を使えば本そのものを手に入れることも容易いだろうが、有用な情報が得られるか定かではないものに、萌子が遺した物とっておきの切り札を使うべきではない。あくまで実現できるというだけで提案しただけで、実際に使うつもりは全くないだろう。

もう一つ桃が言った「実家から持ってくる」という案だが、こちらについては、ある意味『青銅の鍵』を使う以上に使われない案だ。それというのも、桃は高校を内部進学で決めてから、寮に入ってしまい、実家に帰らず、連絡も取っていないのだ。合宿の際に、侑里がふと疑問に思って桃に聞いてみたところ、吐き捨てるように「あの家には天地がひっくり返りでもしない限り、頼るつもりも帰るつもりもありません」とだけ言って、家族についての話を全くしなくなった。侑里が研究所で聞いた話では、神徒はストレスがかかればかかるほど、より能力が強くなる傾向にあるそうだ。そして、桃の能力は――神徒として見た場合ではあるが――研究所にいる同じような能力の誰よりも強力である。そして桃は、常々口癖のように学校で勉強がたくさんできるのが、やがて大学へ、更にはその先の学問へ繋がっていくのだと思うと楽しくてたまらないと言っている。


萌子も、桃が『存在の糸』に触れることができないことも、触れようとした場合には選びようのない選択をするしかないことも分かっていた。かと言って、侑里に頼り切りになる現状を打破した方が良いことは間違いない。萌子も、板挟みであった。

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