三章四話

「それで、あの、茂手木先輩。ちょっといいですか……?」

桃はそう言うと、萌子の耳元で囁いた。

「先輩が部員の方々に黙ってネットで連載している『女戦士ローズ』って、そちらの神徒がモデルですよね?」

それを聞いた萌子がハッとした顔をするが、侑里は何の話をしているのか見当もつかない。

「誰から聞いたの?」

微笑みを浮かべて桃に問う萌子。その眼の色は侑里には決して見せない冷たさを持っていた。

「ごめんなさい、私からは言えません」

「じゃあ私も何も言うことはないわ」

「……わかりました。ありがとうございます、茂手木先輩。それでは私は駅に向かうところですので、失礼します」

桃は萌子から一歩引いて、笑ってそう言うと、そのまま駅の方へ――侑里が歩いてきた方向へ――行ってしまった。いつの間にか、桃の黒い獣は姿を消していた。

「萌子、どうしたの?なんかちょっと怖い顔してるけど」

侑里が心配そうな顔をして萌子に話しかけると、萌子は弾かれたように動いて侑里に笑いかけた。

「なんでもない、大丈夫だよ。ユリは、さっきの秋原さんって研究所で見たことある?」

萌子の質問に、侑里は首を横に振る。

「ううん。でも、なんか獣が暴走した感じでこっちに来たから危ないなって思って『手』は使ったよ。もしかして、あの人怒ってた感じ?」

「ううん、そんなことないよ。ありがとうね、ユリ。私もユリの手が見えればなって思うんだけど……」

照れながらそう言う萌子の手を握って、侑里は力強く言った。

「萌子。こんな『手』が見えたってあんまり良いことないわ。ゼッタイ。だって……」

雪河響ってヤツが、と言おうとして、侑里は口をつぐんだ。彼の存在はなんとなく萌子に言えないままであった。彼と互いに存在証明をするという約束をしたとは言え、未だに彼が真に存在しているかについては半信半疑の状態なのだ。何せ、今の通信技術も元をただせば神徒の能力だ。そういったものにも干渉できる能力がないという保証などできようか。

「だって?」

「だって、便利なだけじゃないんだもん」

苦し紛れに言った侑里に、萌子は噴き出した。

「ユリ。それ何の証明にもなってないよ」



四章へ続く。

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