四章一話

萌子と侑里が神徒研究所を目指して二人で歩いていた三月最初の週末。咲岡真也は同じ街にいた。

「ここに来るのは学生時代以来だが、あまり変わってないな……」

駅前の景色は確かにあの頃から何も変わっていない。せいぜい当時から古かった公衆電話がなくなり、いくつかの店舗が替わった程度の変化だ。そうそう変化を感じさせるものはない。ただ一つ、道行く人を除いて。

「あの頃はこの体だと随分目立ったものだが、今じゃただの一般人だな」

神徒の数が格段に増えた。獣人程度では全く浮かずに街に溶け込めている。真也が学生だった頃には予想もしていなかったことだ。

「この街なら不満もなく暮らせるだろうな……」

淡い喜びに浸りながら、まっすぐ大学の方へ歩き出す。大学と駅を往復するバスが出ているのは知っているが、慣れ親しんだ街並みを肌で感じながら、あの頃とは変わった人波を見ていたい気分だった。

ミュズィースが失踪したことで、調査団の上層部は凄まじく揉めた。想像を絶する能力を持つ強力な神徒を保護、研究し、あわよくば自分の手駒として利用しようと画策していた者。半世紀も経つにも関わらず、未だに神徒を悪魔の使いだ不心得者だなんだと裏で詰っていた者。半世紀の間全く老いることのない神徒となった少年。様々な立場や信念が交錯する上層部の会議の結果、監視――さらには、脱走した場合の射殺――を命じられていた小隊の責任者である咲岡真也には、目立った懲罰は与えられなかった。

だがしかし、真也は自ら調査団を去ることにした。元々は自分の体に感じていた劣等感に答えを出すことと、「ミュズィースが思う存分歌える場所」を作ることを目的とした入団だったのだ。ミュズィースがどこかに行ってしまって後者の目的が達成できなくなってしまった今、真也が調査団に拘る理由などなかった。

「にしても、あの教授センセイは一体何を目的にして俺を呼んだかね……?」

神徒研究者の一人、雨岡はどこからか真也が『青銅の門』の監視任務から外れ帰国していることを知り、彼に会いたいと連絡を取ってきたのであった。

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