二章三話
咲岡が引き金に指をかけたところで、突如として視界が大きく歪む。
「何?」
大きな音を立てて背後の三重扉がゆっくりと開いていく。
「グレイ!お前は三重扉の方へ銃口を向けろ!開いたら速やかに全弾ばら撒け!替えのマガジンも全て使っていい!グレイ?……グレイ!?」
グレイが力なく倒れる。ミュズィースの声が徐々に大きくなる。ミュズィースしか知らない言語の歌だ。咲岡は何度も聞いたことのあるものだが、グレイはミュズィースの歌に慣れているわけではない。抗うことなどできないだろう。船員もグレイと同様だ。助けが来るアテはない。
「万事休すか……!」
歪む視界の中で、青銅色の扉が開いて中から何かが出てくるのが見えた。萎える体を気力で支え、嗅覚と聴覚で少しでも対象を探ろうとする。ミュズィースが今歌っている歌は昏睡させるものだ。今すぐ殺すことが目的ではないと言い聞かせ、真っ直ぐに青銅色の扉を睨む。
どうやら青銅色の扉から出てくるのは160cmほどの細身な青年のようだった。微かな髪染めの香りがする。青年の額に狙いを合わせて、咲岡は引き金を引いた。象でも撃ち殺す銃弾だ。当たればひとたまりもない。そのはずだった。
「いったぁ!?」
銃声ののち、30代ほどの女性の声がした。三重扉が開ききったせいか、ミュズィースの歌が止み、視界がはっきりとする。青銅色の扉から出た人間――ショートボブの30代の女性だ――には傷一つ見られなかった。多少痛そうな様子は見せているが、それだけだ。流れるような茶髪にも、赤い目をした東洋系の顔にも、彼女の着ている濃い灰色の軍服にさえも、何も異常は見られない。右手に薙刀を持ち、左腰には刀が見える。
「どういうことだ……!?」
咲岡は震える指で次弾を装填する。グレイはまだ目を覚まさない。
「待って!私の目的はあなたと戦闘することじゃないわ!邪魔をしないで!」
両手をぶんぶんと振り回して、茶髪の女性が叫んだ。
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