二章一話

†三月一日、洋上

「調査団だとは言うがね、実際のところ各国の寄せ集めでできた連合軍じゃないか。やることと言い、給料と言い」

180cmを超える、大柄で筋肉質な調査団員が、隣で自分と同じように立っている同僚に愚痴を言う。彼の体には神徒らしさは見られない。くすんだ金髪を短く刈り上げた男性だ。

彼の乗る船には、いくつかの目的がある。その一、先週の『青銅の門』の開門の直前に事故にあった部隊の救援。その二、『青銅の門』が開いた結果出現する可能性の高い未知の生物かいぶつの駆除。そしてその三、門の動きは止まったものの、未だに帰れないでいる現在の見張り部隊――厳密には見張りには常に二つの部隊がいるため、二ヶ月の滞在を終えた方の部隊――との交代。

「文句があるならさっさと降りろ、グレイ。仕事の邪魔だ」

金髪の男性――グレイ――に話しかけられた同僚が、冷たく返す。こちらの男性は全身が黒い毛で覆われた、狐のような顔立ちの獣人だった。足の関節も、人間のものとは少し異なっている。

「文句はねぇよ。払いも良いし、やりがいのある仕事だ。何より生きてるって感じがして病みつきになる。ただ、な」

そう言って、後ろをちらりと見る。彼らが立っているのは、三重にロックされた重く分厚い金属製の扉の前だ。交代で見張りをしており、今は彼らの番だった。

「こうやって警備しているその対象は、神徒の中でもとびっきりの奴なんだろ?獣人だの長耳だのドワーフだの妖精だのは見慣れたもんだが、聞いた話じゃ半分サンゴでできてるだの、念話機がなくてもこの船全員に念話テレパシーが使えるだの。正直気味が悪いってもんだよ、咲岡のダンナ」

「グレイ。耳障りなお喋りの礼に鉛玉を食らいたくなかったら大人しく口を閉じろ」

咲岡の冷たい声に、グレイは肩をすくめる。

「へいへい、分かったよ、ダンナ。俺が悪かった」

この三重の扉の中にいる神徒を、咲岡はよく知っていた。体の半分がサンゴであることも、念話が使えることも事実だ。彼女の名は、歌の神ミュズィース。門から現れた人型の生命体かいぶつで、咲岡の友人だった。ミュズィースの耳は、数百メートル先の人間の心の声を聞き取る。咲岡は友人として、悪口を聞かせたくはなかったのだ。

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