一章九話

萌子と菊川が何かアイコンタクトをしたが、侑里の目からは菊川の背中に遮られてよく見えない。萌子の横に自分と萌子のバッグが見えるくらいだ。

「菊川さん?」

「ユリ。あなた今読む本ないわよね?悪いんだけど……」

そう言いながら、菊川は自分のバッグから、ハードカバーを四冊と文庫本を一冊取り出して、

「大学の図書館にこれ返してきてくれない?帰ってきたらこれ読んでいいから」

ハードカバーを侑里に手渡して両手が塞がったところで、文庫本に付けた菊川のカバーを外して侑里に見せた。

「あ、新刊!」

文庫本は今日発売の恋愛小説の新刊だった。人気のあるシリーズで、侑里が昼休みに購買に行ったところ、既に売り切れていたものだった。

「そ、一限前に購買で買っといたの。私はもう読み終わったからユリに貸してあげる。読み終わったらいつも通り部室に置いておけばいいから」

「すぐに行ってきます!」

侑里は目を輝かせながら、踵を返し大学の図書館へ駆けていった。

「助かるわ。ありがとうね」

「……菊川先輩、まさか知ってて大学の図書館に寄らないでこっちに来たんですか?」

おずおずと萌子が言うと、さらりと菊川が返す。

「あら、ユリの読書量とバッグの中身を把握してるのは萌子じゃない。私はユリが『偏食家』だからこの長いシリーズもそろそろ最新のとこまで追いついたかなーって思っただけよ?」

「だって私はもう電子版で半分くらい読んでしまいましたし、話し相手が欲しいじゃないですか」

萌子はそう言いながら、机に伏せていた携帯電話を持つ。侑里が帰ってくるまで続きを読むつもりなのだろう。

「じゃあ利害が一致しているわけだし問題はなかったわね。さて、私は奥部屋にいるから、榊が来たら呼んで頂戴ね、萌子」

「わかりました。ごゆっくり」

バッグからノートを出すと、菊川は暗幕で囲まれた部室の一区画の中に入った。と称されたそこは、菊川が執筆用に使うスペースで、中には机と椅子、それと万年筆が二本置いてある。「何もない方が集中できるから」と、一昨年菊川が部室を改造して作ったものだった。

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