一章十話

16時を回って部活も終わり、侑里と萌子は二人で駅の方へ歩いていた。

「ねぇ、ユリ。図書室から帰って来てからずっと何か書いてたけれど、何書いてたの?菊川先輩の本を一冊自分で借り直して持って帰って来てからなんだか険しい顔してるし、ちょっとらしくないよ?」

「うん、ちょっとね……」

「そっか。それなら、聞かない」

菊川が借りていて、侑里が借り直した本というのは、神徒として生まれた一人の男性のエッセイだった。彼が生まれた当時はまだ神徒に対する世間の目が冷たく、差別と闘いながら生き続けたその血と汗と涙の記録であった。菊川が何を考えてその本を借りたのか侑里には見当もつかなかったが、その男性の姿を雪河と重ねずにはいられなかった。

だから、部室に戻ってからもつい頭から離れず、雪河との会話をずっと書き連ねていた。雪河の話が本当だとすれば、彼は孤独に生きている。侑里が彼に手を差し伸べなければ、彼はその内消滅してしまうかもしれない。小さな、しかし鋭い罪悪感が侑里を取り巻いていた。

そのまま侑里も萌子も何も言わないまま電車に乗り、二駅過ぎたころ侑里が口を開いた。

「ねぇ、萌子。萌子はさ、自分の命が誰かを支えてる~なんて事態になったら、どうする?」

「どうもしない」

即答した萌子に、侑里は驚いた。

「どうもしないの?だって自分のせいで誰か死んじゃうかもしれないんだよ?」

「うーん、より厳密に言うと、。ホラー映画とかサスペンス映画とかによくあるけれど、そういう時に大事なことは慌てず騒がず冷静でいることじゃない?だったら私の場合いつも通りでいることが一番冷静でいられる時だもん。慣れないことをしてもきっと失敗する。そういうものじゃない?」

納得のいかない表情で萌子の話を聞いている侑里に、萌子はそっと微笑む。

「ユリ。私ね、ユリのおかげで成績が伸びたの」

「……え?なんで?」

「ヒミツ。でも、とにかくユリのおかげなの。つまりね」

一度息を吐いてから、萌子は続ける。

「つまり、自分のした何気ないことが誰かを救うこともあるし、殺してしまうことだってある。それなら、救うことの方にもっと目を向ければ、きっといいことが起こると思うの」

丁度、萌子が乗り換えする駅で電車が止まる。「絶対、みんなで春休み出掛けようね」と言って、萌子は走って行ってしまった。

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