一章七話

少年との会話が終わり、侑里は部室に戻りながら携帯で大学のデータベースを検索した。

「雪河、雪河……あった」

雪河響。H.Mというイニシャルでだが、確かに推薦枠で入学した生徒が一人、実験ではない何らかの要因で一度行方不明になってしまったという記事が残っている。発見された時、響は自分が何者なのか分からず、事情説明のために彼の両親を訪ねた事務員が、彼らから「響などという息子は存在しない」という旨の発言を受けたことも記されている。

半透明の少年、雪河響は戸籍上は今もまだ存在している。学籍も同様だ。サーモグラフィーや圧力計を用いての実験にも参加しているとも言っていた。しかし、家族は存在を忘れてしまっている。クラスメイトも、この学校に入学する前の友人たちも同様だ。響は半透明になったり、姿を消したりはできるようだが、カメラや肉眼に映る状態にはなれないらしい。声も同様だ。そのため、実験中の意思疎通はサーモグラフィーを通しての手話や「ポルターガイスト」を用いているらしい。確かに侑里と同じ研究室では念動力を用いる実験よりも透明人間や幽霊の実験が多く、会話に混じってポルターガイストやラップ音が発生している。その中に、響も混じっているのだろう。


響は、「雪河くん」だの「響くん」だのといった呼びかけに、実感が持てなくなってしまったのだと語っていた。侑里が第三の手を使いすぎると、響と同じように、記憶が失われる可能性もあるかもしれない、とも。そうならないように互いに互いのことを、誰にも見えない姿を含めて、覚えておきたいのだと。侑里は、響の提案に乗ることにした。そんなことはあり得ないと笑い飛ばしたかったが、侑里も響の見よう見まねで自分の体の中の「糸」を切断することができるという確信があった。何かの手違いで事故が起きる不安に、得体の知れない少年と約束する不安が勝った。

気がつけば、大学の三限が終わっている時間である。部室もさっきより騒がしい。気を取り直し、侑里は部室の扉を開けた。

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