一章五話

あまりに暇なので校内を散歩しようと思い立ち、防寒具を着込んでからそっと部室を出た。

「あー、幽霊出るんだっけこの校舎」

クラスメイトの話によると、70年ほど前に病死した中学生が、今でも家庭科室で料理をしていたり音楽室で演奏していたりするだのどうのこうのという内容だった。確かに毎日掃除の業者さんが掃除してくれている割には、この校舎はなんだか薄暗くて少し不気味だ。鬱蒼とした木立の中にあるのだから当然なのだが。

自然と侑里の足は音楽室へ向かう。目撃情報は音楽室だった。部室が二階の中程で、音楽室は二階の端。侑里が歩きながら耳を澄ませると、自分の足音に混じってピアノの音が聞こえる。歌っているような声もだ。誰かがピアノを弾いて歌っているらしい。侑里の足取りが少し早くなる。

そっと身構えて、全身から見えない糸を繰り出すイメージを浮かべる。廊下全体に這わせるようにして、糸を固定する。第三の手は侑里にしか見えない、現実に干渉する何かだ。侑里自身にも分かっていないが、こうすると糸に囲まれた地点を根元に、腕が動き回れる。視界が届かないところには使えないが、音楽室から逃げるためには十分だろう。第三の手がきちんと出現したのを確認して、侑里は音楽室の扉を慎重に開けた。

音楽室の中を見ると、半透明の、侑里とそう歳の変わらない少年がピアノの前に座っていた。少し前に流行った曲のピアノアレンジを試しながら、ああでもないこうでもないと何度も何度も何小節かを弾き直している。侑里に気がついた様子はない。試行錯誤を続けている内に歌っている方が楽しくなってきたらしく、歌いながら終わりまで弾いてしまった。その少年は、推薦枠が実験の時に着る服を着ていた。プライバシー保護のための顔のヘルメットはつけていない。重くて前もよく見えないから当然のことだろう。

半透明の少年と侑里の目があった。

「あれ?君は楠木さんだね」

少年は侑里を知っているようだが、侑里は覚えがなかった。

「……誰?」

「君と一緒のラボで実験に参加してるだろう?」

不思議そうに少年が言う。

「顔、見えなくない?」

「幽霊だからね、君のことはなんでも知っているのさ」

少年はニヤリと笑いながらそう言った。

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