一章四話

「茂手木」

斎藤が萌子に声をかけた。机の上を見るともう一冊同じくらいの厚さの本が置いてあった。どちらにもいくつも付箋が挟んである。

「はい、なんですか斎藤先輩」

「お前、これ読んだことあるか?」

そう言って、斎藤は自分の読んでいた本を萌子に見せる。外国語で書かれた学術書だ。後で侑里が萌子に聞いたところ、海外の――当然だが――研究者たちが二百年ほど前に書いた、政治学の論文集とのことだった。大学の図書館のテープが貼ってあるから、大学の蔵書だ。

「はい、読んだことありますよ。でも、それイマイチよくわからなかったんですよね……」

「大丈夫だ。ちょっと来てくれ。訳についての意見がききたい」

萌子がそのまま斎藤の方に行ってしまい、二人で話し始めたので、侑里はすることがない。ストーブの芯を調節して、着込んでいた防寒着をバッグにしまった。

斎藤は普通科の三年生。春からはここの大学キャンパスの政治学部に進学する。既に大学のゼミに入っているという話も聞いたから、今日は教授に出された課題をやっているのだろう。また暇だからと騒ぎ出したら間違いなく怒る。

萌子は萌子で選抜クラスのカリキュラムだけでなく独学で社会学の勉強をしており、それなりの知識量がある。やはり侑里が口を挟む余地など存在しない。

文学愛好会は本を読んだり書いたりする部活、というだけで別段同好の士が集まっているわけではない。斎藤や萌子は静かな場所で豊富な知識を活かした意見交換に向いているという理由で入部したが、侑里はとにかく「お話」が好きだからという理由で入部した。反りが合わない部分があるのは仕方のないことだ。二人のよく分からない会話を聞きながら、耳障りにならない程度に小さな溜息をつく。話し相手が来ないものかと考えを巡らせる。

高校生の部員――ここにいる三人が主である――は土曜の半日授業が終わり、学食で昼を済ませたので、部室に来た。他の高校生部員は兼部していたり他の用事があったりで来ない。中学生組は半日授業がない週なので、多分来ない。時計を見ると、大学生組はまだ講義中。三限が終わるまであと30分ほどかかる。

「ひまー…」

部活動をしようにも、侑里は部室にある本は全て読破してしまっていた。

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