一章三話
「灯油貰ってきましたー」
現れた人影に、侑里が軽く手を振る。
「おかえり、萌子」
「ただいま、ユリ」
萌子と呼ばれた少女の身長は160cmを少し超すくらい。灯油のポリタンクを右手にもち、冬服の制服をきちんと着て、黒いストレートのショートヘアもよく整っている。制服のリボンは、一年生を表す青色。
萌子は侑里に向かって言う。
「やっぱり遠いよね、ここ。高校の職員室とここを歩いて往復しただけなのにすっごい時間かかっちゃったもん。斎藤先輩、もうちょっと待ってくださいね。今灯油入れますから」
疲れた様子もなく、さっさと部室に入り灯油タンクをストーブの前に置いて、給油を始める萌子。
彼女、茂手木萌子は中等部に入学した時以来、各学年15人程度の選抜クラスに在籍し続けている。
文学愛好会への入部の際には、「ようやく上位五人の中に入って部活へ参加できるようになりました」と語っていた。運動神経も良く、体育大会でも選抜リレーで走っていた。更に言えば彼女は神徒ではない、普通の人間だ。
侑里が、灯油を入れる萌子の手際の良さを眺めていると、読書を再開していた斎藤がぽつりと言った。
「少数派でもなんでも、茂手木がフツーの枠だろ」
それを聞いて、侑里は力強く頷く。
「確かにそうですね、部長」
「え?何の話ですか?」
萌子は手を止めないまま、不思議そうな顔で二人の方に振り向く。
「なんでもないよ、萌子」
灯油を入れ終わり、灯油のタンクをしまって、萌子がストーブを点ける。灯油を貰ってきてストーブに点火するこの役はじゃんけんで決める決まりだった。
「そういえば萌子、これでストーブじゃんけん三連敗?」
「そうだね、次は勝ちたいな」と苦笑する萌子。
「ねぇ、ユリ。今までユリは勝ち続けているからいいけれど、ユリって灯油タンク運べるの?重くて運べないんじゃない?」
にやりと笑って、侑里は萌子の疑問に答える。
「萌子、二本の腕で運べない時は三本の腕で運べばいいのよ」
「……!あ、まさか今日の体育の時にボールが変に曲がったのって!」
選抜クラスの体育と美術、音楽は、普通科の生徒たちに混ざって行われる。萌子の場合は、侑里のクラスと合同だ。
侑里がぬふふとチェシャ猫のように笑う。
「イカサマは気づかれなければイカサマではないのだよ、モテギクン」
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