一章二話

二番目に部室に入って来て、部屋の隅で黙々と本を読んでいた男性が、少女の貧乏ゆすりにイラついたような声を出す。この男性は、不機嫌でないと多少のこと――少女の出す音が主である――は無視して、読書し続ける。一年ほどの付き合いでそれがよく分かった少女は、しぶしぶ貧乏ゆすりを止める。

少女の名は楠木侑里くすのき ゆうり、サイコキネシスト。いかなるものの目にも、どんなセンサーにも映らない「第三の手」を持つ少女。侑里自身の手より少し大きい程度の手と、伸縮自在の腕からなるそれによって、この学校への推薦枠を勝ち取ったのだった。

「でも、私の腕、せいぜい20mくらいしか伸ばせませんし、関節だって普通の肘が一つだけですよ?部長の方がよっぽど人間離れしてるじゃないですか」

「あのな、楠木。お前の言う『人間』ってのは少数派なんだ。『門の出現』によってよく分かっているだろう」

部長と呼ばれた男性が本から目を離し、眼鏡を直しながら侑里に呆れた声を出す。この男性の頭部は狼のそれと酷似していて、制服からは尻尾が出ていた。手も指が五本あるものの、毛深い。平たく言えば、狼人間だ。

門の出現。約半世紀前にこの惑星――恒星運命の神フィリーエル第四惑星――を襲った大事件だ。当時、この惑星の「人間」は地球でいうところのホモ・サピエンスと同じだった。それが、北極点の上空50mほどの地点に、結果、ある者は耳が長くなり、ある者は獣人になり、またある者は超常現象を身につけて、といった具合に現実世界は空想の世界とまぜこぜになってしまった。当時の調査によると、『門の出現』前と比較して、のままであった者は約半数。あっという間に惑星全ての共存共栄に世論は傾いた。恐ろしい隣人と互いに手をつなぎ合うことで互いを抑制する。それが人類崩壊の危機に瀕した際に選ばれた選択だった。

そして、社会制度がようやく世論に追いついたのがここ数年のことである。この学校を例に挙げれば、神徒しんとと呼称されるようになったのみの推薦枠を設け、彼らに人道的な範疇での人体実験と引き換えに、奨学金と学歴を与えるようになった。現在部室にいる神徒の場合、部長は一般枠、侑里は推薦枠である。

唸りながら部長に対して反論することを考えていた侑里は、天啓を得てほくそ笑みながら部長に言う。

「部長、ダウト。『人間』フツーが少数派ならフツーは私たちです」

何か言い返そうと口を開いた瞬間に、ちょうどガラリと部室の扉が開いた。

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