(D)evil 遠くの空を舞う花は

留部このつき

一章一話

†二月下旬、土曜日、午後

中高大と同じ敷地内にある都内の私立。行政特区の境界線上の学芸都市の土台になった、歴史と伝統の上に土地とお金と建物を着込んだおあつらえ向きの学校法人。大学のキャンパスから一本道を挟んだところに学校所有の博物館と図書館付き。飽きるほどドラマと映画と小説と漫画とアニメ(あとゲーム!)のネタにされた憧れの校舎。朽ちぬ常盤木と弛まぬ叡智の融合体。

「そんなとこの文学愛好会って聞いたら絶対私みたいなのの楽園だって思うじゃないですか、フツー」

唇を尖らせて、140cmに満たないほどの背の少女がイスをガタガタと鳴らす。貧乏ゆすりもうるさい。薄い茶色のウェーブヘアを肩の辺りで揃えて、長い前髪は幾何学模様のピンクのヘアピンで留めている。今年何度目かの猛烈な寒波にも関わらず、古い部室にはエアコンがない上にストーブも点いていない。昨日の時点で灯油がなかったのに、誰も給油に行かなかったためだ。制服の上からジャージを羽織り、さらにその上から学校指定のコートも着ている。それだけでなく、手編みのマフラーを雑にぐるぐると巻いて、手袋までつけている。朝に使った冷えたカイロをぶんぶん振るが、効果は薄い。

文学愛好会の部室のある木造棟には、今となっては文学愛好会以外の部活もサークルも入っていない。部室、という言い方も正しくない。使われなくなった元・職員室だ。この他には使われなくなった会議室が二つと、中学生の合唱祭のシーズンだけごく稀に使われる第三音楽室、存在すら知らない生徒がいる第二家庭科準備室と第三家庭科室、それとこれも全く使われなくなった宿直室。平たく言えば、文学愛好会以外には誰も来ない校舎の形をした秘密基地だ。

……いや、秘密基地であれば少女はこうも不機嫌にはならなかっただろう。学校の敷地の林の中に位置するここは、今の校舎から爪弾きにされているように思える。事実、中高大全ての校舎が遠く、入学初日から「文学愛好会」を探していた少女は、見つけるのに三日を要した。校舎の案内板にさえもこの校舎が書かれていないのだ。

「お前が『フツー』の括りには入らないんだから、何の問題もないな」


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