32.可能性

心に穴が空いた。

そんな空虚くうきょ感が俺を支配している。

彼女と別れて、三日が過ぎた。

この三日間、俺は何も手に着かず、何をするにも、

ただ、機械的にこなしている。

そんな感じだった。

そんな、俺を叔母や綾さん、孝太郎も心配してくれた。

周りにそんな人が居てくれるのは、本当に幸せなのだろう。

しかし、それでも、俺の心に空いた穴は塞がることなど無かった。

俺は彼女の事をどこまでも、愛していたのだと。

再認識させられるだけだった。

何の力もなく、彼女を救えない俺が、彼女を愛してしまったのだ。

そんな、俺に好きだと言ってくれた彼女。

彼女は本当に強い。自分が苦しんでいるのに、いつも俺に気を使って。

俺はどこまでも子供なんだなと思う。


俺は彼女と最後に会ったシーサイドパークに足を運んだ。

特に何もすることもないのだが。

少しでも彼女を感じたかった。

俺は一人でショッピングモールを歩き、バッティングセンターにも行った。

そして、観覧車の前で、立ち止まった。

そうだ、彼女は夕陽が海に沈む時間が好きだった。

俺はその瞬間に観覧車に乗りたかった。

しかし、今はまだ、昼過ぎ……

彼女と居たときは、時間などすぐに過ぎ去って行ったのに、今はとても長い。

時間というものは、とても不公平だ。

そう感じながら、俺は一人、ベンチに座った。


 平日のシーサイドパークはそれほど混んでいなかった。

すれ違う人は、外国人観光客が殆どだった。

聞きなれた英語で会話する人々が、俺の前を通り過ぎていく。

そして、俺は立ち上がり、一人で映画を見た。

内容なんて、まったく入ってこなかった。

ただ、時間を潰すためだけに入ったのだから。

映画を見終わり、少し遅めの昼食をした。


 この時間ぐらいから、ぽつぽつと学生の姿が見え始めた。

そして、夕陽が空を赤く染めてから夜の帳が下り始める頃、俺は観覧車に足を運んだ。

係りのお姉さんは、少しいぶかしげな表情で俺を見ていた。

そのお姉さんの前を、何も言わず通り観覧車に乗った。

ゆっくりと観覧車が回り始める。

頂上付近で、俺は外を眺める。

夕陽が今、まさに海に沈む瞬間だった。

とても幻想的な光景だった。

彼女の好きな光景。

もう一度、一緒に見たかった。

叶わぬ願いを願った。

ふと、隣に気配を感じた。

ゆっくりと隣を見る。

当然のごとく、誰も居ない。

俺は彼女の幻を見たような気がした。

彼女は愛らしく笑っていた。そんな気がした。

しかし、それは幻で、実際には誰も居ない。

そして、観覧車が地上に戻った。

観覧車から降りるときに、声が聞こえた。

『京君、ありがとう。そして、さようなら。あの子のことお願いね』

微かに消えそうな声だった。

俺は振り返るが、やはり誰も居なかった。

とうとう、幻まで見る始末。

俺は深いため息をつき、家に帰ることにした。


 家に着くころには、本格的に夜が始まっていた。

「ただいま」

覇気のない声。

自分の部屋に向かうためにリビングの前を通った。

リビングでは綾さんがお菓子を食べながらテレビを見ていた。

テレビから視線を外さずに

「おかえり」

と一言。

叔母の姿が見えないが、俺はどうでも良かった。

俺は自分の部屋へ向かった。

その時、

「京、手紙来てたよ」

綾さんが呼び止めた。

俺は振り返り、リビングに戻って、

配達物の束を探った。

そこに封筒が合った。

宛名は確かに俺宛てだった。

差出人は……書いていなかった。

俺はその封筒だけを持って自分の部屋に向かう。

部屋に入ると、真っ先にベッドに倒れこんだ。

別に体調が悪いわけでも、眠いわけでもない。

ただ、なんとなく。

最近はいつもこんな感じになっている。

俺は封筒を光にかざす。

中に手紙が入っている。

俺は中身を取り出そうとした、その時に、インターンが鳴った。

誰かが来たようだ。

綾さんが応対してくれているようだ。

すると、

「京、お友達来てるよ。上がってもらうね」

綾さんの声が聞こえて

「あ、うん」

そう答えた。

誰だろう?

まあ孝太郎だろうな。

今日、俺が学校を休んだから、心配して来てくれたのだろう。

トントン

扉を叩く音。

「開いてるよ」

俺が言うと同時に、扉が開いた。

そこには、やっぱり、孝太郎が居る。

そして隣には、以前、会ったことがある、三木花楓が居た。

二人は部屋に入ってくる。

「珍しい組み合わせだね」

俺が聞くと

「あ、うん」

孝太郎が素っ気なく答えた。

「それで、どうしたの?」

二人が一緒に家に来るということは、おそらく彼女の事だろう。

それぐらいは、想像がつく。

「ねぇ、藤田君、莉菜の様子がおかしいの。何か知らない?」

花楓は落ち着かない様子で尋ねる。

「ごめん……俺、三日前に彼女と別れたんだ」

事実を言った。

彼女の様子がおかしいの分かっている。

だけど、それを知るほど、俺は彼女に心を許されていないのだろう。

「あ、ごめんなさい……」

花楓は申し訳なさそうに言う。

「莉菜ちゃん、本当にどうしただろう?」

孝太郎も心配なのであろう。

「莉菜、茉菜ちゃんとの関係が良くなっていたときは、とても幸せそうだったのに……」

花楓が泣きそうな声で言った。

俺も孝太郎も何も答えることが出来ない。

本当は俺だって彼女の抱えてる苦しみが知りたい。

知らなければ、どうすることも出来ないのに。


 しばらくの間、沈黙が続いた。

「あ!それ」

花楓がベッドの上を指差した。

そこには、先ほどの封筒があるだけで、他に何も無かった。

俺は、封筒を手に取り

「これ?」

そう尋ねた。

「これ、莉菜の字」

花楓は確かにそう言った。

「え?」

俺は驚き、もう一度、封筒の字を見る。

『藤田京 様』

と書かれた封筒。

孝太郎も花楓もこの中身が知りたいのだろう。

先ほどまでは、特に気にしていなかったが、彼女の字だと、言われると気になる。

というか、すぐに中身が知りたくなった。

俺は、丁寧に封筒を開けて、手紙を取り出した。

花楓に手紙を手渡そうとするが、

「先に藤田君が読まないと」

そう言って断った。

俺は、手紙を読んだ。



 『藤田京様

京君、お元気ですか?

突然の手紙で驚いた?

もう、随分長い間、京君に会っていないですね。

私は少し寂しいですよ。

まあ半分は冗談です(笑)

さて、この手紙ですが、

あの、デートの時に言っていたことを思い出したので、書くことにしました。

本当はこんなのは駄目だと思ったの。

でも、京君には言っておかないと駄目だなぁって思ったの。

京君、覚えていますか?

あのデートの時に私が言ったこと。

京君に、『君は誰?』

と聞かれたときに私は

『今はまだ言えないかな。そのうち話すね』

と言ったのを。

どうせ、京君の事だから、覚えてないかも知れない。

ううん、きっと忘れている。

だって、京君、あの子の事しか見えてないから(笑)

私のファーストキスまで奪っておいて(泣)

あ、脱線しちゃった。話を戻すね。


なんて書けばいいのか、正直、分からない。

今から書く内容は、とても信じられないことだから。

でも、京君、信じて。あの子の為にも。

まず、私ですが、正真正銘の『樋川莉菜』です。

そして、あの子も正真正銘の『樋川莉菜』です。

では、なぜ二人の『樋川莉菜』が居るのか。

京君は、おそらく、多重人格を疑ったと思いますが、残念でした。違います。

私は、京君と同じ世界の人間ではありません。

私は別の世界の人間です。

そして、あの子は、京君と同じ世界の人間だよ。

頭が混乱しているそこの君、その気持ちすっごく分かる。

私も初めは訳分からなったから。

でも、京君や孝太郎君に聞いた、ある事で、確信したのよ。

それは、ここでは書かないでいるね。

色々と問題がありそうだから。

信じられないよね。

でも、本当の事なの。

あ、それと、今、疑問に思ったでしょ?

どうしてこの手紙が手元に届いたのかって?

それはね、ある人にお願いをしたの。

その人だけが、世界を移動出来るみたい。

どういう原理なんだろうね?

聞いたけど、何言っているの分からなかったわ(笑)

それと、その人に、京君とあの子宛ての私からの贈り物を渡しておいたから、受け取ってね。


 さて、続きを書くね。

この現象は、京君には何も関係の無い話かも知れない。

でも、どうかお願い。

あの子を助けて。

あの子はこのままだと、消えちゃうかも知れないから。

この現象の影響なのかな?

消えるというのは、死んじゃうとかそういうのではなくて、存在が消えるの。

残った人の記憶もすべて。

初めから居なかったことになっちゃうの。

どうして、そんな事になるのかは、私にも分からない。

私はどうすれば良いのかも分からないの。

だから、お願い。あの子を助けて。

もし、私に出来ることがあるなら、なんだってしたい。

今の私に出来ることなんて何もないかもだけど……

それでも、私は、京君ならきっとあの子の事を救えると信じています。

これが私からの最後のお願いかな。


 あ、そうそう、最後になるから言っておくね。

私とあの子、やっぱり同じ『樋川莉菜』だなと思ったわ。

だって、私も京君の事、好きになっちゃったから。

本当は今すぐ、京君に会って抱きしめてもらいたいけど、それは、あの子に譲ることにします。


それでは、京君、ありがとう。そして、さようなら。あの子のことお願いね。


 親愛なる藤田京様

もう一人の樋川莉菜』



頭が混乱している。

どういうことなのだろうか?

別の世界?

あと、衝撃的な事が書いていた。

彼女が消えると。

俺は、この手紙を二人に見せても良いのか考えることすら出来ないほど、混乱している。

少し落ち着こう。

俺は深呼吸をした。

酸素を脳に取り込む。

そして、ゆっくり考えよう。

まずは、この手紙をどうするかを考える。

俺一人でこの手紙の内容を理解することはとても難しい。

それに、理解しないと彼女を救えないと思う。

それでは、この二人に見せるのが、もっとも正しい選択だと思った。

そして、まずは、花楓に手紙を渡した。

読み終えた花楓は驚いた表情で固まっている。

次に読み終えた孝太郎も同様だった。

「これ?本当の事?」

花楓が信じられない様子で聞いた。

「信じられないよな」

孝太郎も同じだった。

だけど、何故だか、俺だけは納得している。

それに、世界がどうとか正直どうでもよかった。

問題なのは、彼女が消えるということだけだ。

「どうでもいい、とにかく俺は、彼女を救いたい」

俺がそう言うと、

二人はお互いの顔を見合わせて、頷いた。

「どうすればいいの?」

花楓の質問に対する答えなど持ち合わせていない。

だけど、とにかく、救わなければならない。

俺は考えた。

どうする?

彼女に会って直接、話すことで解決出来るだろうか?

いや、それは無いだろう。

解決出来るのであれば、彼女が真っ先に解決しているだろう。

それでは、もう一人の彼女に会うことはどうだろうか?

それなら、解決の糸口が見つかりそうだ。

だけど、どうやって会う?

別の世界の彼女に会う方法など、俺は知らない。

今は、これ以上の考えが浮かばない。

俺は、仕方なく、今まで考えていたことを、二人に告げた。

「このある人という人は世界を移動できると書いているけど……」

孝太郎がとても良いことを言った。

「そうか!このある人に会えば」

「でも、このある人というのは誰?」

花楓が冷静に言う。

しかし、俺には心当たりがあった。

『クレアーレ』の店主の女性。

おそらく、あの女性の事だろう。

俺はそれを二人に伝えた。

少しだけ、希望が見えた気がした。


 俺たちは『クレアーレ』の店を一晩中、探し続けた。

いくら、春になったからと言っても、この時期の朝は少し寒い。

俺たちは、仕方なく、解散した。

そして、学校が終わり次第に、もう一度集まろうと約束をした。

俺は家に戻った。

学校には行く気にはなれない。

シャワーを浴びて、部屋に戻る。

突然、体が震えだす。

とてつもない恐怖。

彼女が消える。

俺は……

俺なんかが……彼女を救えるのか?

一度、救えないと諦めた。

そんな俺が、彼女を……

怖い。もしここに孝太郎が居てくれれば、どれほど気持ちが楽になったのだろうか……

孝太郎の存在がどれほど大きかったのかを再認識した。

そんな、孝太郎の友人の俺が諦めるわけにはいかない。

そうだ、俺は必ず彼女を救わなければならない。

弱音を吐いている場合ではないのだ。

だから、どうしても、別の世界の彼女に会わなければ。

俺は何かヒントになるものが無いか、もう一度、手紙を読み返した。

そう言えば、

あの店の女性に、頂いたものがあるのを思い出した。

あの時は、彼女の様子がおかしくなったことに気が動転して、

その存在を今の今まで忘れていた。

俺は、部屋中を探した。

そして、袋に包まれた二つの小物を見つけ、その一つを開けた。

そこには小さな緑色の勾玉まがたまが入っていた。

じっと勾玉を見つめる。

古来より勾玉は不思議な力があると耳にしたことがあった。だからだろうか?

俺は別の世界に行って彼女に会いたいと強く願った。

やはり、何も起きない。

それはそうだろう。

俺は勾玉をポケットに入れた。

そして、ベッドに横になった。

一晩中、探していたからだろうか……

意識はしっかりしているのに、体が妙に重い感じがする。

体が眠りを求めている気がした。

そう感じると、人は不思議なことに、意識まで眠りを求めているような感じになる。

そして、次の瞬間、俺は目が回りそうな感覚に捕らわれ、目を閉じた。

突然の吐き気に襲われる。

とても気持ちが悪い。

意識が遠のいていく。

そして、何も感じなくなった。


 小鳥の鳴き声……

俺は慌てて、目を開く。

見慣れない景色が目の前に広がっている。

何畳の部屋かも分からないぐらいに、広い和室。

部屋の奥には大きめな神棚。

そして、大きな襖が何枚もあった。

ほのかに木の良い香りがする。

俺は、襖を開けた。

そこは、どこかの神社だった。

俺は裸足のまま、外に出る。

ポケット探ると、財布とスマートフォンがあった。

使えるか心配だったが、彼女に電話をしてみた。

呼び出し音が鳴った。

電話は使えるみたいだ。

しばらくして、

「……」

電話に出たが、無言だった。

「もしもし」

俺は、少し緊張していた。

もしかしたら、全然違う人物かも知れない。

そんな事を思ってしまった。

「え?どうして?」

彼女の声が少し枯れている感じがした。

「どうしても、君に会いたかった。今から会えないだろうか?」

俺は逸る気持ちを抑えきれずに早口で言った。

「……うん。分かった。こっちまで来てくれる?私は今、動けないから……」

彼女は無理をして話をしているように感じだった。

しかし、俺には時間がない。

あまり、他の事に気を回す余裕などなかった。

そして、行き先を聞いた俺は、少し戸惑った。

俺は複雑な気持ちで、その場所に向かう。

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