31.存在の期限

 帰りの電車の中で、私はずっと彼の事を考えていた。

大好きな彼に別れを告げた。

本当に辛い。

彼は最後まで優しかった。

思えば出会ってからの半年、本当に彼のお陰で私は救われていた。

残り少ない時間を、彼無しで、果たして生きていけるのだろうか?

そんなの無理だと分かっている。

でも、自分で選んだ事だから。

最後ぐらいは自分の口でお別れを告げたかった。

いきなり、消えるのでは無く。

電車の窓から町の風景が流れていく。

彼という思い出と共に。

 

 駅に着き、商店街を抜ける。

街灯が私の行き先を照らしているようだった。

その光に導かれるように家路に向かう。

あのお店が合った場所に差し掛かった。

当然の事ながら、お店は無かった。

私はしばらくそこで立ち止まった。

そして何後も無かったかのように、再び歩き出す。

目の前に人影が見えた。

私は気にせず、そのまま進む。

やがて、人影の輪郭がはっきりする。

私は立ち止まった。

あのお店の女性だった。

「こんばんは」

女性の澄んだ声が耳に届く。

「……」

私は無言だった。

「うふふ、つれないのですね」

女性が言う。

「なんの用ですか?」

私はぶっきらぼうに聞くと

「そうですね、この間の答えを聞きに来ました」

この間の答え……そうか、答えを聞かせたほしいと言っていたことを思い出した。

「あなたは、私が出す答えなんて、分かっていますよね?」

私はそう言うと

「いいえ、分かりません。しかし、希望の答えはあります」

初めてかも知れない。

女性が自分の希望を言ったのは

「その希望は……いえ、止めておきます」

私は聞きかけて止めた。

「賢明ですね」

彼女は答える。

「それで、答えはどうなりましたか?」

「私は、別の世界を望みません」

はっきりと強い口調で答えた。

女性は驚いている。

「本当に、それでよろしいのですか?」

そう聞かれたが

「はい、構いません」

もう一度はっきりと強い口調で答えた。

「分かりました。それでは、私はこの辺りで失礼します。あ、そうでした、もう一つだけ」

彼女は付け足して言った。

「あと、一週間以内にすべてが終わります」

そうですか……私は後、一週間で消えて無くなるのか……

「その時にもう一度、お会いすることになるでしょう。それでは、ごきげんよう」

そう言うと、女性は夜の闇に消えていった。

私は力なく崩れ落ちた。

存在の期限が決まった。

あと一週間。

ちょうど、桜が咲く頃に私は消えて無くなるのだ。

私の選択は間違っていたのだろうか?

別の世界を選択していれば、消えずに済んだ。

だけど、選ばなかった。

もう、彼とも会えないのに……

ねぇ、あなたはどうしたの?

私は聞こえる筈のない、もう一人の私に問いかけた。

私は震える足でなんとか立ち上がり、家路についた。

家では母と茉菜が暖かく迎えてくれた。

そして、母の腕の中で思いっきり泣いた。

茉菜も私のそばにずっと居てくれた。

本当に嫌なの……

消えたくないの……

ずっとお母さんと茉菜の傍に居たいの……

私は叶わない願いをずっとずっと願った。

 

 部屋に戻ると、机の上に見慣れない本があった。

いや、見たことがある。

そうだ、これは、初めてあのお店に行ったときに、頂いた本だった。

『継承紀』

そう書かれた本が机の上にある。

不思議に思った。

この本は向こうの世界の本だったので、こちらにあるのがおかしい。

ノートに書いていた、

『お互いの世界にあるものは移動できない』という内容から、この本がこちらにあるのはおかしい話である。

私はそう思いながら、本のページをめくる。

声が出ない。

何これ?

どうして?

本の中身は、私が良く知っている内容だった。

それは、あのノートの内容と全く一緒だったのである。

今まで、あの子が書いたこと、私が書いたこと、

そして……向こうのノートに書いたことまで……

こと細かく書かれたいた。

私は慌てて、最後のページまで読み飛ばした。

……白紙だった。

今までの事は全て書かれていたが、これからの事は全て白紙だった。

私は本を閉じた。

そして目を閉じて、深呼吸した。

今更、こんなことが起きてもどうでもいいと思う。

初めは少し、驚いたけど、結局、知ったところで私の運命は変わらない。

私は本を引き出しにしまい、

ベッドに横たわった。

そして、考えた。

やるべきことは全て終わらしただろうか?

やりたいことはどれだけ出来ただろうか?

とても辛い。私は枕に顔を埋めて、声を押し殺すように泣いた。

そして、存在の期限の一週間が経った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る