第7章 ~莉菜/京編~
28.春の到来【京】
冬の肌を刺す空気からゆっくりと目覚めていく町は、
草木達が芽生え、鳥たちが楽しそうに合唱する。
まるで止まっていた世界がゆっくりと動き出したかのように。
誰もが期待と不安を胸に抱き、新たな自分を見つけ、歩いて行く。
そんな希望溢れる季節。
しかし、彼女はあの日以来、徐々に自分の殻に閉じこもるようになり、そして、心を閉ざした。
彼女は何か怯えているように、ふとした瞬間に体を硬直させて震える。
俺はいい気になっていたかもしれない。
彼女の心の傷を少しでも癒せたのだと。
しかし、それは
彼女の心の傷はもっともっと深かった。
俺なんかでは決して癒すことなど出来ないぐらい。
あの日、彼女の家に行った日。
彼女と俺は、本当に幸せだったと思う。
全てがきらきらと輝く未来が待っていると、本気で信じていた。
しかし、あの店に行ってからは、そんなささやかな夢も一瞬で消え去ってしまった。
一体、あの店は何だっただろうか?
彼女のあの取り乱し方は普通では無かった。
そんな彼女に事情を聞けるわけでも無く、優菜さんや茉菜にも聞くことなど出来なかった。
一つだけはっきり分かっていることは、あの店が……いや、あの女性なのかも知れないが、全ての原因だと思った。
俺は、もう一度、あの店に行くことに決めた。
しかし、いくら探しても店は見つからなかった。
確かに存在していた筈の店が跡形もなく消えていた。
夢でも見ていたかのように、初めからそのような店は無かった、と言わんばかりに、存在していない店をずっと探している。
その間にも、俺たちは何度か会って、デートも重ねた。
時折しか見せない彼女の笑顔の奥には悲しみと絶望感が漂っていた。
俺は、あの日以来、ずっと考えている。
どうすれば彼女を救うことが出来るのか?
どうすれば彼女の心からの笑顔を、取り戻すことが出来るのか?
そんな事をずっと考えていた。
彼女の抱えている傷を半分でもいいから、俺に分けてもらいたかった。
そんな、自分の不甲斐なさと情けなさがとても腹立たしい。
そして、今日、そんな俺が彼女とまた会う。
何も救えず、心に寄り添う事さえ出来ない、情けない俺が。
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