27.壊れる心

 彼女のスマートフォンが鳴った。

彼女はスマートフォンを手に取った。

「あ、お母さんからだ」

そう言って電話に出た。

「え?うん。でもどうして?急にそんなこと聞いて?」

彼女は驚いている様子だった。

そして、彼女の表情がみるみる変わっていく。

俺は心配になってきた。

茉菜もそんな彼女の様子を見て不安そうになっている。

「そ、そんなこと……どうして……」

彼女の顔は真っ青になっていた。

彼女は茉菜に視線を向けて、俺にも向けた。

「うん。分かった。今すぐ行く」

そう言って電話を切った。

「お姉ちゃん、どうしたの?」

茉菜が心配そうに聞く。

俺は何も言わなかった。

ここは俺より茉菜のほうが良いと判断した。

「あの、あのお店があるの……」

彼女の言っている意味がよく分からなかった。

だが、茉菜の顔も真っ青になっていったのが分かった。

「え?どうして?そのお店って確か……」

茉菜も驚きを隠せない様子だった。

「お母さんがこっちに来てって。茉菜も京さんも一緒に」

俺は状況が掴めないが従おうと決めた。

そして、一つだけするべきこと優先する。

「ごめん、ちょっと綾さんに電話する」

そう言って俺は綾さんに電話を掛けた。

「綾さん、ごめん、少し遅くなる。ご飯は適当に食べてて」

普段は文句の一つや二つ言われそうなのだが、俺の切羽詰まった話し方のせいか、綾さんは素直に応じてくれた。

電話終えた俺は彼女と茉菜と三人でそのお店とやらに向かった。

 

その店に着いた。

ここは、俺が彼女の家に行く前に立ち寄った店だった。

店の前に優菜さんが立っていた。

優菜さんも青ざめている。

この店は一体なんなんだろうか?

彼女たちは明らかに恐れている。

彼女たちは緊張した面持ちで扉に手を掛けて中に入った。

俺も後に続く。

中は昼間と同じだった。

ただ、光源が無いため暗かった。

店の奥からあの女性が出てきた。

「いらっしゃいませ」

女性の澄んだ声が響く。

「ど、どうして?」

彼女は開口一番に大きな声で聞いた。

「あら、樋川莉菜さん、お久しぶりですね」

女性は笑顔のままで彼女に話しかける。

「どうして、この店がここにあるのですか?」

やっぱり彼女の言っている意味が分からない。

女性は彼女の問いに答えず

ゆっくりと優菜さんを見て

「樋川優菜さん」

さらに俺を見て

「藤田京さん」

そして少し複雑な表情で

「樋川茉菜」

茉菜だけ呼び捨てだった。

「ま、まさか、この中に……」

彼女は恐る恐る聞いた。

「いえ、違います」

女性ははっきりと答えた。

「あくまでもあなたです」

そう付け足してから

俺たちを見渡し

「あなたの想いが叶ったのですね」

そう言ってほほ笑む。

「まさか……もう……」

彼女は今までにないほど驚き、そして絶望の表情に変わっていた。

「いえ、まだです」

女性はそう言うと

「そうですね、あと二、三ヶ月といったところでしょうか」

事務的にそう告げた。

彼女はその場で崩れ落ちた。

そんな彼女に優菜さんと茉菜が駆け寄り傍についた。

優菜さんも茉菜も睨むように女性を見ている。

「あなた、一体何者?どういうつもりで莉菜にあんなことさせているの?」

優菜さんの感情的な声が響く。

初めてそんな優菜さんを見た。

「別に私がさせているのではありません」

随分あっさりしている。

「お姉ちゃんに関わらないで」

茉菜も激しい口調で言った。

「それについても関わりたくて関わっているのではありません」

これもまたあっさりしている。

崩れ落ちていた彼女がゆっくりと顔を上げて

「最近は、何も無かったんです。だから……もう終わったんだと思って……」

彼女の目には涙が流れている。

「まさか、終ることなどないのはあなたが一番よく知っているでしょう」

女性はあくまでも冷静だった。

「では、どうしてですか?どうして起きなかったのですか?」

彼女は必至にそう告げる。

「それに関しては答える義務はございません」

「やっぱり何か知っているのですね?」

彼女はさらに聞く。

「はい。存じ上げていますが、答えることはできません」

あくまで答えないつもりなのだろう。

「どうして?どうして……」

彼女は言葉を詰まらせる。

「どうすれば、終わるの?」

優菜さんが女性に聞く。

「あ、お母さん駄目」

彼女は必至で母の質問を止めようとする。

しかし遅かったみたいだ。

「それは、莉菜さんが知っていますよ。お聞きになっていないのですか?」

女性の口から出た答え。

「え?莉菜が?」

優菜さんは彼女を見る。

茉菜も同様に彼女を見ている。

「お聞きでないのであれば、お教えしましょう」

「駄目!やめてください。お願いします。言わないで下さい」

彼女は必至で頼んでいる。

「なぜですか?この際知っていてもらったほうが良いと判断しますが、いずれ分かることでもあるのですから」

女性はロボットのように無表情でそう答える。

「駄目……駄目なんです……」

彼女の涙が激しくなった気がした。

「それなら、どうしてここに来たのですか?」

女性の質問に彼女は

「だって、どうして、このお店がこっちにあるのか知りたくて……あのお店と同じか確かめたくて……」

こっち?あのお店?

終始分からないことだらけだ。

「ここは一つしかありません。ですから、あなたが前に訪れた店と同じということになります」

「そして、目的はあなたです。これをお渡しします。ゆっくりと考えてください。いずれまたお会いすることがあるでしょう。その時に答えを聞かせてください」

そう言って一枚の封筒を彼女に手渡した。

「樋川莉菜さん、いずれ分かることです。今のうちに、色々とお話しておいたほうが良いと思いますよ」

そう付け足した。

「それでは皆さんお引き取り願います。本日はご来店、誠にありがとうございました」

そう言うと、茉菜をじっと見つめてから、女性は店の奥に向かった。

俺は泣き崩れる彼女に何もしてあげることが出来ないまま、ただ、立ち尽くしていた。

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