第6章 ~京編~
23.従姉
明楽の一回忌も無事終わり、年も明けた。
俺は自室の窓から見える町の景色を眺めていた。
空から降る雪は全てを白く染め上げる。
家の屋根、車の屋根やボンネット。
そしてまだ誰も通っていないであろう道が白く雪に覆われている。
それはまるで白銀の町。
そっと窓を開ける。
冷たい冷気が肌を刺す。
吐く息も白く染まる。
俺は窓を閉めた。
しばらく冷たい冷気が俺の部屋に漂う。
冷たい冷気ですっきりとした頭で、俺は彼女の事を考えていた。
彼女と最後に会ったのは、明楽の一回忌の時だった。
彼女は少し元気になっていた気がする。
エネルギッシュな彼女ではなく、儚げだった彼女の事だ。
どうやら、茉菜ちゃんとの関係は良好の様だとすぐに分かった。
本当に良かったと思う。
これで彼女の『解離性同一性障害』が治るかは分からない。
だけど、少しだけいい方向に向かったのは確かだ。
そう言えば、一回忌の時の事と言えば彼女の母親の事だ。本当に驚かされた。
まさか母親とは思わなかった。
とても若々しく綺麗な人だった。
そして、とても優しそうな瞳をしていた。
そんな母親と彼女のやりとりを思い出し、俺は根拠などない自信を少し持ってしまった。
そして、思い切って彼女に電話を掛けようと心に誓ったのだ。
そう、誓ったのだ。
二時間ほど前に……
いまだに掛けることが出来ない、ヘタレな俺を誰か叱ってほしい。
いつもは孝太郎が何かと協力してくれるのだが……
しかし、孝太郎ばかりに頼っているわけには行かない。
これも二時間前に思ったことだ。
そして今に至る。ため息が出る。
家の電話が鳴った。
俺は驚いて飛び上がりそうだった。
本当にヘタレみたいだ。
しかし、このタイミングはもしかしたら彼女なのかも知れない。
これもなんの根拠のないことだった。
ただ、今まで彼女の事を考えていたからそう思ったのだろう。
俺は
「もしもし」
電話越しの声は聞き覚えがある声だった。
「もしもし、京さんですか?」
茉菜だ。
とても明るく少し高い声だった。
「茉菜ちゃんどうしたの?」
俺は変な妄想が頭に浮かんだ。
『「京さん、お姉ちゃんがどうしても会いたいって言っているの。今すぐにでも来てもらえませんか?」
「え?どういうこと?」
「うーん、私もよく分からないんだけど、どうしても京さんに会いたい、大好きな京さんに今すぐにでも会いたいって言っているから」
「あ、うん、分かった!今すぐ行くよ」』
そんな馬鹿みたいな妄想を浮かべてしまった。
本当に恥ずかしい。
「あれ?もしもし?もしもーし?」
あ、茉菜の声が聞こえた。
いや、今までも聞こえていた筈なのだが、頭のキャパシティをくだらない妄想に使っていたせいで認識出来ていなかっただけだった。
「あ、ごめん、ごめん」
俺は茉菜に謝る。
「良かった。切れちゃったのかって思いました」
茉菜の可愛い声。
「それですね、今日、綾さんと出かける約束をしていたのですが、私、少し学校に行ってて遅くなっちゃうから少し時間をずらせないかなって相談したくて、綾さんに電話したんですけど繋がらなくて、仕方なく家電に掛けちゃったんです」
そこまで言うと茉菜は一息入れたようで
「あ、それで綾さん居ますか?」
おそらく本題はそれだろう。
全部説明してくれたみたいだったが、その一言で良かった気がする。
「多分居ると思うよ。少し待ってて」
俺は時計を見る。
時間は朝の十時を指していた。
この時間だとまだ寝ている筈だ。
俺は綾さんの部屋の前まで行き、ノックする。
返事がない。もう一度ノックをする。
やはり返事がない。俺は仕方なく扉を開ける。
部屋の中を覗き込む。
俺の鼓動が早くなった。
思わず叫び声を上げてしまいそうになった。
今すぐにでも警察を呼んだほうがいいのではないかと思うぐらいに凄い格好で寝ている綾さんを見てしまった。
綾さんはベッドから落ちている。
ただベッドから落ちているのではなく、顔面から落ちている。
顔面を床に押し当てて右手と左手は昔のヒーローが飛ぶシーンと言えば分かるだろうか?
そんな恰好で両手を上にあげている。
そしてなぜか右足だけがベッドに残ったままである。
というか、その恰好でなぜ眠れる?
そんな、珍獣のような寝相をする綾さんに声を掛ける。
するとベッドに残っていた綾さんの右足が俺の腹部を強打する。
俺は
「あへ?どうすたの?」
何を言っているのか分からない。
あなたは酔っ払いですか?
「茉菜ちゃんから電話だよ」
俺は酔っ払い珍獣の綾さんにそう言うと
「え?茉菜ちゃんから」
なんかすごく納得がいかない。
一瞬にして平時の綾さんに戻った。
そして俺から受話器を取ると
「あら、茉菜ちゃんどうしたの?」
さっきまでの綾さんとは別人のように可愛らしい声を出す。
「あ、そうなの。うん、大丈夫よ。うん。分かった。じゃあ電話待ってるね。うん。ばいばーい」
そう言って電話を切ると
「うーん、なんか顔が痛い」
とつぶやいた。
それはそうでしょう。あんな格好で寝ていたのだから。
そして、綾さんは俺を見ながら、ベッドの上に手を伸ばし、何やら探しているようだった。
「何?」
俺が聞くと
「この辺りにスマホない?」
無いよ。
一階にテーブルの上にあるのだから。
「一階にあったよ」
そう教えると、電話の受話器を俺に手渡し、
「もし、茉菜ちゃんから電話あったら出て」
そう言うと再びベッドに戻ろうとする。
もとい、初めからベッドにはほとんどいなかったのだが。
「え?まだ寝るの?」
驚いて聞くと
「うん。寝るよ。だって眠いもん」
なんだろうこの自由人。
「あ、茉菜ちゃんから掛かってきたらちゃんと出てよね!」
理不尽に切れられた。
そして、綾さんはベッドに潜り寝てしまった。
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