22.醜くても美しい世界

 目を開く。そこは見慣れない和室だった。

そう今、私たちは明楽君の一回忌に来ている。

一回忌はお寺や自宅で行うのが一般的だ。

白河家では親族だけで行うみたいだった。

そこに親族でもない私たちが招かれたのは、ひとえに茉菜が毎月の月命日に欠かさず出向いていたのからだろう。

茉菜は一体どんな気持ちで明楽君の前に座っていたのだろうか?

それを考えると心が痛くなる。

そして、私はどんな気持ちで明楽君の前に座れば良いのだろうか?

そう思いながら、茉菜に視線を向ける。


茉菜は少し緊張した面持ちで周囲を見ている。

私はそっと茉菜の肩を抱き寄せた。

すると茉菜はぎこちない笑みを浮かべて私を見つめる。

私は頭を茉菜の頭にそっとぶつけた。

茉菜の緊張が少し和らいだ気がした。


 廊下で先ほど母に話しかけていた彼の声を再び耳にする。

「わざわざ、来ていただきありがとうございます」

意外と礼儀正しいみたいだ。

「莉菜ちゃ……茉菜ちゃんのお姉さん」

今、私の名前を言いかけて茉菜の名前に変えたのを気付いた。

それは、彼と私が知り合いだと母は知らないと思っているからだろう。

実際、母は彼が京さんってことは知らないと思うから、彼の判断は正しいと言えるだろう……だけど、間違っている。

私と茉菜はお互いの顔を見合わせて笑った。

確かに母はとても若々しく綺麗だと思うけど……普通間違えないと思う。

今、母はどんな表情をしているのかとても気になる。

おそらくだけど驚いた表情で茫然としているのだろう。

「え?京ちゃん」

おばさんの声が少し驚いた感じだった。

「うん?」

何も知らない彼の声。

「この人は、茉菜ちゃんのお姉さんではないのよ」

「え!?そうなの?」

「うふふ」

母の上品な笑い声が聞こえる。

「それは、失礼しました」

彼は礼儀正しく謝罪している。

「この人はね、茉菜ちゃんのお母さんよ」

おばさんが真実を告げた。

一瞬の沈黙があった。

「ええええ!」

今日一番の大きい声が白河家全体に、響き渡った。

和室に居た親族たちも、どうしたと言った表情で何やら話し始めている。

私と茉菜は顔を見合わせたまま笑った。

「いつも、娘の茉菜がお世話になっております」

そんな騒めいた白河家の中で、母の透き通る声が私の耳に届く。

「あ、いえ、こちらこそ」

彼の声が少し緊張しているようだった。

「それと、娘の莉菜も大変お世話になっているみたいで」

母は続けて私の事も話している。

え?どうして分かったのだろうか?

私は気になり廊下に顔を出す。

茉菜も気になったのだろう、私と同様に顔を出す。

「あ、いえ、それこそ、こちらこそ、僕のほうこそお世話になっています」

なんか日本語が変になっている。

彼はとても緊張しているようだった。

「あ、でもどうして?」

彼も疑問に思ったのだろう。

「それは、お名前と……そうね、莉菜が好みそうなタイプの男性だからですかね」

な!

「ちょ、お母さん!何言ってるの?」

思わず叫んでしまった。

「あら、莉菜、違ったの?」

私に視線を向けた母が言った。

「え……ち……違わないけど……」

私は彼を見ながら、声の音量が少しずつ小さくなり最後には聞こえないほどになっていた。

恥ずかしい。

母はなんてことを言いだすのだろうか……

横で意地悪そうに茉菜が笑っている。

そんな中、彼と視線が合った。

二人とも思わず視線を逸らす。

そんな二人を見ていた、おばさんと母の表情はとても暖かく柔らく感じた。


 その後の一回忌は無事に終わり、私たちまで食事を頂いた。

最後にお墓参りを済ませて、白河家を後にした。

帰りの車の中で、茉菜に視線を向けると幸せそうな寝息を立てている。

その表情はとて満足そうに見えた。

茉菜なりに明楽君の事にしっかりと向き合えたのであろう。

本当に茉菜は強い子だと思った。

運転する母の横顔もとても幸せそうだった。

そんな母と茉菜を見て、私もとても幸せな気持ちになる。

今まではこんな気持ちになることなど決してないと思っていた。

この世界はとても醜く、人が人を傷つけるだけの世界だと思っていた。

でもそれは幸せを手に入れた瞬間から変わるのかも知れない。

その幸せがどんなに小さくても、その幸せがあるだけで世界はこんなにも美しくなれるものなのだと感じた。

そうこの世界は醜くても美しい世界なのだと。

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