21.ノート

 夕方から降り出した雨は一向に止む気配もなく、

ただその激しさを増していった。

雨音だけが響くリビングで私と茉菜は二人でソファーに腰かけた。

お互い緊張した面持ちの二人。

静寂な時の中で茉菜を見ると、いつもの茉菜の表情では無かった。

少し柔らかい感じがする。

彼の一言が茉菜の心に響いたのだろうか?

少なくとも私は彼の一言に救われた気がした。

『いい加減、明楽のことを理由で友達を傷つけるのはやめなさい!いつまで過去に縛られているんだ!』

私のせいで明楽君が自殺したのは事実だ。

そのせいで茉菜は壊れていった。

自殺未遂を何度もした。

その度に私の心も壊れていった。

日に日に茉菜の態度が私への憎しみに変わっていくのが辛かった。

実のところ、私も自殺を試みようと思ったこともある。だけど、死ぬ勇気など私には無かった。


 そんな私たち姉妹を彼の一言が救ってくれた気がしてならない。

他人ではなく明楽君の親族の彼から言われた一言は誰よりも重みがある。

だから茉菜にもその声は届いたのかも知れない。

私は茉菜の手にそっと手を置いた。

「茉菜……」

茉菜はゆっくりと顔を上げる。

「お姉ちゃん……」

私はそっと茉菜を抱き寄せた。

「お姉ちゃんのせいで、茉菜を傷つけてしまって、本当にごめんね」

やっとしっかりと言えた気がした。

ずっとずっと言いたかった言葉を。

「私こそ……お姉ちゃんのせいじゃないのは分かっていたのに……どうしてもどうしてもお姉ちゃんのせいだと思い込みたかった。ううん、誰かのせいにしたかったの……」

茉菜は涙声で私にそう言った。

「ううん、お姉ちゃんのせいだもん」

私も涙声になっていた。

「前にもこんな話したよね。お姉ちゃん覚えてる?」

唐突に茉菜に聞かれ

「え?いつ?」

私はこんな話をした記憶がない。

「やっぱり覚えてないんだね」

茉菜は私の目をじっと見つめて言った。

「お姉ちゃん……私のせいだよね?」

茉菜が何を言いたいのか分からなかった。

「茉菜のせい?なんの話?」

私は不思議に思いそう聞いた。

「お姉ちゃん……お姉ちゃんは……多重人格者なの?私のせいで別の人格が生まれちゃったの?」

茉菜は不安そうな表情で涙を流している。

多重人格者?別の人格?

私は多重人格者でもなければ、別の人格も持ち合わせていない。

しかし、心当たりがあった。

そう、あの現象だ。私とは違うもう一人の私が茉菜と話をしたのだろう。

いったいどんな話をしたのだろうか?

あのノートにはそのことは触れていなかった。

茉菜は自分のせいで私が多重人格者になったと思っている。

そのせいで、ますます茉菜を追い詰めてしまったのだろう。

茉菜を見ていると心が張り裂けそうになる。

茉菜は自分を責めているだと分かるから。

「茉菜、私は多重人格者でも別の人格が生まれたわけでもないわ」

茉菜の涙は止まらない。

「本当?」

弱弱しい声。

「本当よ。でもその時の私は少しおかしかったでしょ?」

茉菜に聞いてみる。

「うん……いつものお姉ちゃんじゃなかった。昔のお姉ちゃんみたいだった」

やっぱりあの子は昔の私に似ているのね。

「茉菜、その時の話を聞かせてくれる?私が茉菜になんて言ったのかとか」

茉菜は涙を流しながら困惑している様子だった。

「えっとね、これはいつものことなんだけど、私がお姉ちゃんに冷たく当たったら、お姉ちゃんが凄く怒ったの」

私は黙って頷く。

「お姉ちゃんに言われたわ」

「『茉菜!いつまでそうしているつもり?』」

「私が何がよって聞くと」

「『明楽君のことよ!いつまで明楽君のこと引きずるの?』」

「あんたにそんなこと言われたくない!って言ったら」

「『明楽君に失礼だとは思わないの?明楽君を言い訳にして色んなことから逃げて、前も向けず!』」

「私は何も言えなかったの。だって分かっていたから……でもそんなのこと認めれ無かったけど、お姉ちゃんに言い当てれたことに少なからず心が揺れ動いたの」

「そして、私はお姉ちゃんの真っ直ぐな目を見ることも出来なかった」

そこまで話すと茉菜は私を見つめた。

「そのままお姉ちゃんが昔のお姉ちゃんに戻ったのだと思った。少し嬉しかった。でも……次の日にはいつものお姉ちゃんになってた。それが、また私を拒絶したのだと思ったわ」

茉菜はそんなことを考えていたの?

私の態度が茉菜をずっと傷つけていたのね……

「そんなお姉ちゃんが、今度はよりにもよって明楽君の従兄の京さんと親し気に話しているから、私はもう訳が分からなくなっちゃって……だからあの時……ううん、いままでもだけど、お姉ちゃんに酷いこと沢山言っちゃったの……ごめんなさい」

私はそっと茉菜を抱きしめ、頭を撫でた。

「やっぱり私のせいだったのね」

「ち、違う!」

茉菜は私の腕を解くと強く否定した。

「ううん。私のせいよ。だって本当は私に頼りたかったかもしれない、甘えたかったかもしれない、慰めて貰いたかったかもしれない。でも私は自分が一番不幸だと言って茉菜と向き合っていなかったのね。お姉ちゃんなのに、ごめんね」

茉菜は私に抱き着き

「違う。違うもん。私が私がお姉ちゃんを傷つけたから駄目なんだもん」

私の胸で泣き続ける茉菜の頭をそっと撫でた。

リビングの扉の向こうで嗚咽が聞こえる。

母が泣いているみたいだった。

しばらくそのまま時が流れた。

静寂の中、依然降り続く雨音だけが響いてくる。

やがて、茉菜は埋めた顔を上げた。

「茉菜、お母さんを呼んできて。話したことがあるの」

私はついに決心した。

茉菜と母にはあの現象のことを打ち明けよう。信じては貰えないだろう。だけど真実を語ろう。

「うん」

茉菜は少し戸惑いながら返事をしてリビングの扉を開けた。

目を赤く腫らした母がリビングに入る。


 私と茉菜と母の三人になった。

「お母さん、茉菜、今から信じられない話をします。今の私の状況を話しますね」

戸惑いを隠せない二人の顔を見ながら私は続ける。

「今年の十月の初め頃に不思議な現象を体験したの。その現象は定期的に発生していて、今度はいつ起きるかもわかりません」

そこまで話すと母が

「不思議な現象?」

母と茉菜はお互いの顔を見合わせいる。

「そう、不思議な現象。それは十月のある朝に唐突に起きたの。朝、目を覚ますと茉菜が私を起こしに来たのよ」

二人はキョトンとしている。

それもそうだろう。十月頃は、私と茉菜の関係は壊れているのだから。

そんな茉菜が私を起こしに来る筈などないのだから。それは茉菜が一番分かっている。

「私は正直、夢だと思ったわ。だって、茉菜の制服が私と同じ東維の制服だったし、それに、リビングに見知らぬ男性が居たし」

母は心配そうに私を見る。

私は大丈夫だからってそぶりを見せて続けた。

「その見知らぬ男性は、私たちの兄だと言ったわ。ちなみに名前は優斗って言っていたわ。お母さんの優菜の字と一緒の『優』の字にお父さんの鷹斗たかとの『斗』って字で」

母は驚いた表情で私を見ている。

そんな母に茉菜は

「お母さん?どうしたの?」

母は茉菜に視線を向けて、すぐに私に向き直り

「ど、どうしてその名前を……」

母は動揺しているようだ。

「お母さんは何か知っているの?」

私は母に聞くと

「あなたたちには言っていなかったけど、あなたたちには兄が居たのよ」

「え!?」

私と茉菜は同時の驚いた。

「どういうこと?」

茉菜は母に尋ねる。

「生まれて直ぐに病気で死んじゃったのよ……その子の名前が優斗なの」

私も茉菜も言葉を失っている。

あの世界はこの世界に存在しない人物でも存在すると思っていた。

そんなまったく別の世界だと思っていたけど……

この世界に存在している人間はあの世界に存在する。

そしてあの世界で存在する人間もこの世界には存在している。

いやそうではなくて、一度でもどちらかの世界に存在していた人間が存在してことになる。

そう言えば、ノートに気になることも書いていた。古河未來だ。

ノートによると古河未來は去年、心臓の病気で亡くなっている。と書いてあった。しかし、こちらの世界では存在している。

彼と同じ清院の学生として存在している。

少し落ち着きたい。私は立ち上がる。

母と茉菜はどうしたのって表情で私を見る。

「お母さん、茉菜、何か飲む?」

私はキッチンに向かいながら二人に聞いた。

「あ、うん、お茶が飲みたい」

茉菜がお茶を所望する。

「私もお茶、お願い」

母もお茶を所望した。

私はグラスを三つ用意し冷蔵庫からペットボトルのお茶を取り出し、グラスに注ぐ。

そしてお盆の上にグラスを置き、リビングに戻る。

三人が三人ともお茶に口をつけた。

そして三人が三人とも同時にため息をつく。

そして、三人は顔を見合わせて笑った。

「さて、続き話すね」

母と茉菜が真剣な眼差しになる。

「また、別の日になるんだけど、商店街で不思議なお店を見かけたわ。『クレアーレ』と書かれたアンティーク系のお店だったわ。そのお店の店主さんは凄く美人だったの。でも少し怖い感じもした。そのお店の店主さんからお話を聞いたの。色々と。その話は、信じられないことだったわ」

母と茉菜が固唾かたずを呑んでいる。

「私は、ここではない、まったく別の世界の私と入れ替わったみたいなの」

母と茉菜は首を傾げている。

当然だろう。意味が分からないと思う。

そして、私はもう一度立ち上がった。

不安そうに見つめる二人に

「ごめん、少し待ってて」

そう言うと私は自分の部屋へ急いだ。

そう、ある日、机の上に置かれていた、あのノートを取りに行ったのだ。

そしてノートを持ってリビングに戻った。

「これ、これは別の世界の私が書いたノートなの。これを二人に読んでもらいたい」

そう言ってノートを母に手渡す。

そのノートにはこう書かれていた。



『これから書く内容は、私自身に宛てた内容である。とても信じられないことですが、少なくともあなたには信じてもらいたい。あなたの定義ですが、名前の書くのが少し変な感じがしますが、一応名前で書きますね。

樋川莉菜様……

やっぱり変な感じです。

まぁ前置きはこれぐらいにして、本題に移りたいと思います。本題は次のページからね。

あ、そうそう、もしこれを読んだ、莉菜、あなたも何か書いてくれると嬉しいです。お互いのことをもっとよく知っておきたいから。

 

 

 20xx年10月7日

朝、目を覚ました。

私は紛れもなく自分の部屋で目を覚ました。

制服に着替え、髪を整え、洗面台で歯を磨き顔を洗う。

この時、なぜか頭の中がザーザーという音が鳴った気がした。

その後に立ち眩みを起こす。何か得体のしれない違和感を感じていたが、あまり気にしなかった。

最初の異変。

リビングに兄の姿がなかった。

いつも居るはずの兄の姿が。

それでもあまり気にも留めなかった。

次の異変。

妹の茉菜だ。

茉菜は私が言うのもおかしい気がするが、かなりのシスコンである。

いつも私の後をついて回るぐらいに。

その茉菜の態度がおかしい。

態度どころか、茉菜の着ている制服。

私立の山桜女学院の制服。

茉菜は私と同じ学校のはず。

それなのに、どういうわけか別の学校の制服を着ていた。

私の知らないところで、転入でもしたのかと思った。

そして、茉菜の私への態度がおかしい。

どうおかしいかというと、すべてがおかしかった。

茉菜の憎しみのこもった目と威圧的な話し方。

戸惑う私を尻目に茉菜は学校に向かった。

今思うと茉菜のあの態度、憎しみがこもっていたが、

私には茉菜が助けを求めているような気がする。そのように思えてしまう。

私は一人で考え込んでしまった。

どれぐらいだろう、随分長い時間考え込んでいた気がする。

すると、リビングに兄の優斗がやってきた。

兄は私を見るなり、驚いていた。

兄にどうして驚いたか聞いた。

なんのことはなかった。

ただ、私が早起きしたことが驚きの原因だった。失礼しちゃう。

次に、茉菜が私と同じ制服でリビングに顔を出す。

茉菜も兄と同様の意味で驚いていた。

私のほうが驚くよ。

だって、茉菜は、さっき別の高校の制服で出かけたところだったから。

この時は、夢でも見ていたのだろうと思うことにした。

私は基本的にはポジティブだから。

この日は、学校や家に帰ってきてからも不思議なことは一度もなかった。

私は本当に夢を見たんだと思い込んだ。

次に異変が起きるまでは……

 


20xx年10月12日

朝、目を覚まし、私は朝のいつもの日課をつつがなくおこなう。

リビングでは、妹の茉菜と兄が一つだけ残った卵焼きをめぐって言い争いをしている。二人とも先にいくつか食べて、一つしか残っていないみたいだった。

一つしかない残ってないのなら、私に譲ってくれてもいいはずなのに……

結局、兄の特権?そんなものがあるのかは不明だけど、兄の優斗が残り一つを食べた。

そんな兄を横目に私も朝食を済ませて、茉菜と一緒に学校に向かう。

私はあの日から、あの夢のことを考えていた。

とても、リアリティのある夢だったから。

その日も放課後まで特に変わったことはなかった。

この日、最初の異変

電車で帰っていたとき、またあの音を聞いた。

ザーザーって、そして、その後は、決まって立ち眩みがする。やっぱり違和感を感じた。

私は一つの可能性を考えた。

あまりにも馬鹿げている可能性だけど。

あの日、起きたこととこれから起きることを検証すると、私の仮説は証明されるのではないかと思っている。

 

隣にかっこいい男子が立っていた。

容姿とかは省きます。

私は仮説の検証を試みました。

まず、そのかっこいい男子。

名前は藤田京君って言ってました。

それから、京君のお友達の和泉孝太郎君。

この二人にあることを聞いてみることにしたの。

京君達が通う学校、清院学院の二年生に古河未來って女子を知っているかと。

京君は知らなかったみたいだけど、孝太郎君ははっきりと一組の子って答えたわ。

その答えはあり得ない。

だって未來は去年心臓の病気で亡くなっているんだから。

あと京君がその日の朝に私を助けたみたいなことを言っていたけど、私にはそんな記憶が一切ない。もしかして、京君の口実?とか一瞬考えました。

私こう見えても結構モテるし(笑)

その後、京君達とは別れて家に帰ると、母と茉菜がいた。

茉菜は私の顔を見るなりそそくさと自分の部屋に入っていくし、母の態度もどこかおかしかった。

ここでも検証を行ってみました。

母に兄のことを聞いてみたの。

母は少し戸惑っていたけど、答えはいないということだった。

ここで事象を少し纏めますね。

 

 1.知らない間に京君に助けてもらった。

 2.茉菜の態度。

 3.茉菜の通う学校が東維ではなく山桜。

 4.どこかぎこちない母の態度。

 5.兄のいない樋川家。

 6.死んだはずの未來が生きている。

 

さて、これは一体どういうことなのかってことだけど、ここは何か違うとしか思えない。

私は私として周りに認識されている。

少し変な目で見られることも多い気がするけど。

私ではないってことは、さっき上げた事象に該当する人物についてはどうなのか。

まずは茉菜。茉菜については認識が出来る。

あの可愛さは本物だと思うし。ただ態度だけが違う。

次に母。母も態度だけで認識はきちんと出来る。

次は兄。兄に関しては存在していないことになっている。ここで一つのヒントを得られた。

次は京君。京君に関しては結局のところよくわからないから保留で(笑)

最後に未來。未來は確かに死んだはずなのに生きて学校に通っている。ここでも一つヒントが得られた。

これらのことから私の仮説は正しいのではないかと思えてくる。

では、仮説をここに示すね。

私自身の体には何も異変が無いし、考え方や行動もおかしいところは見当たらない。いつもやっていることをやっていただけだから。

それでも、周囲は困惑している。ってことは事象含めて、もしかして私は違う世界にいるのではないか。そしてこの世界にも私が存在する。この世界の私は一体どうなったのか?

その答えはあなたが一番知っているのでないですか?

 

それと、最後になっちゃったけど、この大学ノートとは別に私のノートにも同じ内容を書きました。この大学ノートの隣にあると思うだけど、もしないのなら、それは私のノートは私の世界のノートだからだと思います。

お互いの世界にあるものは移動できないってことですね。普段身に着けているものを除けば。スマートフォンとかは、身に着けているものになるようですね。

あ、一つ質問。あなたのスマートフォンのIDや電話番号って私のと同じなのかな?

ちなみに、私のはIDが『xxxxxx@xxx.jp』で電話番号は『090-xxxx-xxxx』です。

あと、京君と京君の友達の和泉孝太郎君の連絡先も書いておくね。』

 


ノートまだ続きが書かれていたが、母と茉菜はお互いの顔を見合わせている。

「何これ?」

母は意味が分からない様子で聞く。

「私ではないもう一人の私が書いたの」

「お姉ちゃん……」

茉菜の不安そうな顔を見て、一つ思い出した。

私はスマートフォンを取り出した。

そして茉菜にメッセージを見せる。

『茉菜、今日の晩御飯は何がいい?』

『お姉ちゃんが作るの?』

『そうよ、何か食べたいものある?』

『じゃあね、秋刀魚の塩焼き(ハート)』

『分かった。買って帰るね』

『ありがとう(ハート)楽しみにしてる』

茉菜はそれを見て驚きの色を隠せないでいた。

明らかに茉菜のIDから送信されているメッセージだった。そして茉菜は送信などしてない。そう、このメッセージは向こうの世界の茉菜が私とやりとりした内容だった。

「こんなの私……送ってないよ……でも私のID……」

「どうして?これは一体?」

茉菜の混乱が私にも伝わってくる。

「それは、私が向こうの世界で茉菜とやりとりしたメッセージなの」

静かにそう告げる。

「そ、そんな……そんなことって……」

茉菜の気持ちは凄く分かる。

当事者である私ですら信じられないのだから。

「これは全て本当の事なのね?」

母が私に聞く。

「うん。紛れもなく事実なの」

私は断言した。

「どうして?どうしてこんなことになったの?」

混乱している茉菜の声が少し曇る。

私はこの現象がなぜ起きたのか知っている。

それは淘汰の為だ。世界のイレギュラーを淘汰する為にこの現象が起きたのだと。

しかしどうやって起きたのかは分からない。

神様と言われえる存在が起こしたのか?

それとも別の何か?

しかし、どうやって起きたのかは、この際、問題ではないのだ。

問題なのは淘汰という、意味の分からないことなのだ。そんなこと茉菜や母には言える筈などない。

「どうしてこんな事になったのかを色々調べて見たけど、私にももう一人の私にも、結局分からなかったわ」

私は誤魔化ごまかした。

「そんな……じゃあ、お姉ちゃん……これからどうなるの?」

茉菜は今にも泣きそうに声で聞いた。

これからどうなるかも分かっている。

そう。私は今から数ヶ月で消滅するのであろう。

これも二人には言える筈などない。

「どうなるかも分からないけど、たぶん世界の入れ替わりはそう長く続かないし、それに最近は頻度も減っているわ。だから……たぶん、そのうち終わるのではないかなぁ」

そんなことは無い。確かに最近は入れ替わり事態起きていない。

だけど、終わる筈などない。その証拠に私はまだ淘汰されていない。

「最後に変わったのは何時なの?」

今度は母だ。

「お母さんにネックレスを借りたあの日の夕方に入れ替わったわ」

彼とのデートの最中に入れ替わりが発生したのだ。

彼とのデートはとても楽しかった。

初めてキスもした。

彼と一緒に居ると嬉しくて、でも同時にとても胸が痛かった。

逃げ帰りたいと思ったこともたくさんあった。

でももっともっと一緒に居たいという気持ちもあった。


告白された時は、頭が真っ白になった。純粋に嬉しかった。

でも……答えられない自分が歯がゆく、許せなかった。

そんな想いの中、いきなり入れ替わりが発生した。

正直、ほっとした想いと、

もう少しだけ一緒に居たかったという想いに私は戸惑ったのを覚えている。


「もう一ヶ月も前の話なのね。それからは起きていないのね?」

母は少し安堵した様子になっていた。

「うん、起きてない」

私は素直に答えた。

「このノートを見る限り、それまでは一週間に一度、多い時には二度ほど起きているけど、それが一ヶ月も起きていないということはもう終わったのかも知れないわね」

ノートには日付を書いている。だからいつ起きたのかはノートを見れば一目瞭然だった。

母はその日付から判断したのだろう。

「うん。だからたぶん終わったと思うの」

終わってなどいない。

だけど終ったと言ったほうが二人の気持ちも、

そして何より私の気持ちも楽になる。

その言葉を聞いた、茉菜も少し安堵している。


 茉菜はノートをペラペラめくっている。

「お姉ちゃん」

ノートは最後に書かれたページで止まっている。

「どうしたの?」

茉菜はいつの間にか笑みを浮かべている。

「京さんとキスしたの?」

な!そう言えば……あの子……書いていた。

『京君とキスしたみたいだね。どうだった?』

そんなこと書かないでよ……

私は頬が赤くなるのが分かる。

「ねぇねぇ、キスしたの?」

「え?そうなの?」

母も興味深々のようだ。

「……はい……しました……」

恥ずかしい。なんか家族に知られるのはとても恥ずかしい。

「キャー」

茉菜は嬉し恥ずかしそうに両手で顔を抑える。

「へぇー莉菜が」

母も嬉しそうに言う。

「それで、どうだったの?」

茉菜の質問に母も同調するように聞き耳を立てる。

「ど、どうだったって……えっと……その……う、嬉しかったです……はい……」

「キャー」

次は二人同時に嬉し恥ずかしのしぐさを見せる。

「ちょ、今はそういうのは良くてね」

私は話題を変えようと努力をしてみる。

「そういうのとか言われてもね」

「ね」

茉菜と母はそう言いながらとても嬉しそうだった。

「もう、ちょっと二人とも」

私は久しぶりにこんな感情になっていることに気付く。

「ごめんね」

母はそう言うと

「これからはお母さんや茉菜に相談してね。あ、京さんって子のことも相談してね」

純粋な母の優しさを感じながら

「うん」

私は笑顔で答えた。

「お姉ちゃん、ファイトだよ」

茉菜も笑顔で応援してくれる。

「ありがとう」

本当にこんなに嬉しいことはない。

そんな思いだった。

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