19.彼女の心の傷
待ち合わせ場所は電車で移動するしかないほどの距離にある。
「一雨来そうだな」
孝太郎は今にも降り出しそうな空を見上げてそう言った。
昼間はあんなに晴れていたのに、夕方になると雨雲が出てきた。
「そうだな」
俺も同様に空を見上げる。
電車に乗り待ち合わせに着いた。
駅の外に出ると雨が振り始めた。
駅の前のロータリには駅まで迎えに来たのだろう車が混雑していた。
駅に向かう制服姿の女子高生達が目に付く。
「女子高か、いいな、なんか秘密の花園って感じで」
孝太郎は制服姿の女子を見ながらそう言う。
「編入してみたらどうだ?孝太郎も晴れて女子高生だぞ」
俺は珍しく冗談を言った。
「おいおい、こんな女子高生どうかと思うぞ」
孝太郎が女子の制服を着ている姿を想像する。
駄目だ。これは世間に見せれるものではない。
「キモイな」
孝太郎を見ながら言った。
「だろ?俺も嫌だよ。むしろ、京のほうがまだ幾分かはましだろう」
そう言われても想像したくない。
「お互いキモイってことだな」
俺は笑いながら言った。
そんなくだらないやりとりをしながら彼女たちの到着を待った。
「ところで、なんでここなんだ?」
俺たちに、あまりゆかりの無い所だったからそう聞いた。
「あ、花楓ちゃんがこの近くの塾に通っていて、今日は塾の日なんだって」
「なるほど、塾って時間大丈夫なのか?」
「大丈夫なんじゃないの?分からないけど」
とにかく、彼女たちが来るのを待つしかなさそうだ。
しばらくして彼女たちは現れた。
彼女は相変わらず儚い。
そして彼女の隣に居る少女。
なんだろう、ここはやっぱり日本なんだと再認識されられるぐらいの日本人の女の子。
大和撫子と言う言葉ぴったりだと思った。
黒くて長い髪。作り物のような大きい瞳に吸い込まれそうになる。
彼女は俺に軽く会釈をする。
そして孝太郎を見た。初めて見るのだろう。少し緊張している様子だった。
俺は彼女たちに会釈をした。
「君が花楓ちゃん?」
孝太郎はさっそく花楓に声を掛けている。
「気安く花楓ちゃんなんて言わないでもらえます」
少し怒り気味に孝太郎を睨みながら言う。
「えーじゃあなんて呼べばいい?」
こんなことではめげない孝太郎。
「普通に三木と呼んでください」
「じゃあ三木ちゃんで」
「ちゃんは要りません。三木でお願いします」
なかなか警戒レベルが下がらないようだった。
「うーん、じゃあ三木さんでいいかな?」
孝太郎が折れた。
「それでお願いします」
なかなか手強そうだ。
それでも何とか話は聞き出せそうだと悟ったのだろう。
孝太郎と花楓は俺たちを置いて少し離れた場所に移動した。
そうか……そうだよな。
彼女の事を聞き出すのに彼女の傍では聞き出せるはずもない。
そんな簡単な事を忘れていた。
そして、そうなると必然的に彼女と二人きりになってしまう。
二人でベンチに腰を掛けて気まずい雰囲気が流れる。
いつの間にか、雨は本格的に降り出していた。
雨の音が激しくなってきている。
何か話さなくては……
何を話す……
「雨、降り出したね」
本当にどうでも良いことを切り出してしまった。
「そうですね……」
彼女は空を見上げながら答える。
「三木さんって綺麗な子だね」
彼女の親友とされる花楓の事を聞いてみようと思った。
「はい。花楓はとても綺麗で優しいです。なんかお姉さんみたいで」
そう話す彼女は少し嬉しそうだった。
「仲良いだね」
本当に仲が良いのだろう。
彼女の嬉しそうに語る彼女の顔を見て思った。
「はい。大切な人なんです」
とても可愛い笑顔で俺を見る。
「そういう、京さんは?」
「うん?」
「孝太郎さんと仲が良いみたいですけど」
彼女は俺と孝太郎のことを聞いてきた。
「そうだね。俺がこっちに戻ってきてすぐに孝太郎に声を掛けられて、それから、なんだかんだで一緒に居ることが多くなったかな」
俺は日本に帰ってきて、まだ親しい友人が居なかった。そんな時に真っ先に声を掛けてくれたのが孝太郎だった。
「こっちに戻ってきて?どこかに行かれてたのですか?」
首を傾げながら彼女は俺に聞く。
「あ、そうか、言ってなかったね。俺しばらくアメリカに居たんだ。今年の夏に帰ってきたんだ」
そう言えば言っていなかった。
「そうなんですか。なんか凄いですね」
彼女は少し驚いた表情を見せる。
「そう言えば、あまり、京さんの事、知らないですね」
その言葉に少しドキッとした。
それはどういう意味だろう。
俺の事を知りたいということだろうか?
「俺だって莉菜ちゃんの事、あまり知らないよ」
俺は知りたい。彼女の事を。
彼女は少し照れているように見える。
その時、俺は昨夜の事を思い出した。
そう、あのネックレス行方不明事件の事だ。
そのままの意味なんだが、センスの無さが伺える。
孝太郎ならもっと良いネーミングを考えるだろう。
まぁネーミングなんてどうでも良かったが。
「昨日、付けていたネックレス、可愛かったね」
「あ、あれは母の物なんです。父の形見の指輪を通していて、大切な時にしか付けないのです」
そう言った直後に彼女はハッとなった。
「あの、大切な時と言うのは母にとっての事で……」
「そうなんだ……」
そんなに否定しなくてもと思う。
やはり特別な物だったようだ。
「そう言えば、観覧車の後、付けてなかったけど、どうしたの?」
直球の質問をぶつける。
「え?」
彼女は言葉を詰まらせる。
「えっと……バッグにしまいました」
彼女は嘘をついた。それはありえないと知っている。しかし、これ以上は聞くのはよそうと思った。
「そうなんだ。実は可愛かったからどうしたのかなって気になっていたんだ」
「……ありがとうございます」
彼女は
何か事情があるのだろう。
そう思いながら話題を変えようと考えた。
未來の話だと妹が居ると言っていた。
「莉菜ちゃんって妹さんいるんだね」
軽い気持ちで聞いた。
「え?だ、誰に……聞いたのですか?」
彼女はすごく動揺している。
あれ?まずいことだったのかな?
「あ、いや、同じ学校の古河さんって子から聞いたんだけど」
「古河さん?古河未來さん?」
「そうそう」
「その……妹とはあまりうまくいってなくて……」
「そ、そうなんだ……」
この話題もNGだと思った。
「あ、何か飲み物、呑みましょう」
彼女はそう言って自販機を見た。
そして、立ち上がったがふらついた。
俺はそんな彼女を支える。
「あ、ごめんなさい……」
彼女の声が雨の音で消えそうだった。
その時、聞き覚えのある声が聞こえた。
「へー、そうなんだ……自分だけよろしくやっているんだ」
俺はその声がするほうに視線を向ける。
茉菜だ。
しかし、見たことの無い表情の茉菜だった。
その表情は何か憎しみに似た表情だった。
茉菜は彼女をじっと見つめている。
俺は彼女に視線を戻すと、
彼女は目の焦点が合っていない。そして震えている。
俺はどうすれば良いのか分からなかった。
「茉菜……」
彼女の消えそうな声が聞こえる。
「しかも京さんだなんて……」
茉菜の視線が俺に向いた。
その表情もまたいつもの茉菜ではなかった。
言葉では言い表せない表情だ。
「茉菜ちゃん、莉菜ちゃんと知り合い?」
やっと出た言葉がそれだった。
茉菜は俺の質問には答えなかった。
「京さんがどういう人か知ってるの?」
彼女に向けて発せられる言葉。
「……ど、どういう人って?」
彼女はもう消えるのでないか。
そんな感じする。とても弱弱しい。
「京さんはね」
「茉菜ちゃん」
突然、茉菜を呼ぶ声がした。
振り向くとそこには花楓が慌てた様子で立っている。
その後ろに状況が呑み込めないであろう、孝太郎も一緒に立っていた。
状況を呑み込めないのは俺も同じだった。
「花楓さん?」
息を切らせながら花楓は彼女のそばに駆け寄る。
「花楓さん、まだそんな人と付き合っているんですか?」
とても冷酷な口調だった。
「茉菜ちゃん、莉菜はね」
「別にどうでもいいです」
茉菜は花楓の言葉を切り捨てるように言った。
「それに少し黙っていてもらえますか?」
茉菜は静かに花楓に言った。
こんな茉菜を見るのは初めてだ。
彼女と茉菜の間に一体何があるというのだろうか?
「京さんはね、明楽君の従兄なんだよ」
茉菜は彼女に向けて強い口調で言う。
彼女は俺を驚いた表情で見る。
彼女の震えかたが尋常ではない気がした。
そして、
「ご、ごめんなさい……ごめんなさい……ごめんなさい……」
何度も何度も謝って、
急に走り出した。
土砂降りの雨の中を。
俺はすぐに走り出した彼女の腕を掴む。
「離してください。離してください」
雨せいなのか涙のせいなのか分からないが彼女の顔はぐしゃぐしゃになっていた。
「ちょっと落ち着いて」
俺は強い口調でそう言い
「茉菜ちゃんも、一体何なんだ。状況がさっぱり分からない。ちゃんと説明してくれ」
俺は彼女の腕を掴みながら茉菜に視線を向ける。
花楓が慌てて彼女の肩に手を回しそっと抱き寄せる。
それを見てから俺は彼女の腕を離した。
「京さん、その人は……その人が明楽君を自殺に追い込んだ、張本人です」
少し静かな口調から最後は強い口調に変えながらそう言う。
……
そういうことか。俺はそれほど動揺していないようだった。
彼女が茉菜ちゃんの言っていた大好きだった友達と言うわけか。
そして彼女の傷は明楽が付けたものだったのか。
俺は彼女を見ると
彼女は崩れるようにその場にふさぎ込み、
「ごめんなさい…ごめんなさい……」
また何度も何度も謝った。
そんな彼女をそっと抱きしめる花楓が俺を見ている。
「それで?それがどうしたの?」
俺は茉菜に向けてそう言った。
「え?」
茉菜は驚いた表情を浮かべる。
「だから、それがどうしたの?」
自分でも分かるくらい冷たい口調。
「えっと……その人は……その人は、明楽君を」
茉菜が必至でそう言う。
「いや、明楽は自殺だろう。それも身勝手な」
俺は、茉菜にとって冷酷な事を言っていると分かっていたが、それでも、事実なのだから仕方がないと割り切りそう言った。
「どうして?どうして?どうしてそんな事言うんですか?」
茉菜の目に涙が溢れているようだった。
俺は一呼吸おいて
「叔母さんも綾さんも君も、そして莉菜ちゃんも、関わった人すべてが傷つき不幸になった。それって全部、明楽のせいだろう。明楽が身勝手にあんなことしなければ誰も傷つかずに済んだのに」
俺は冷静にそう茉菜に言う。
「ち、違う、違います。その人が……その人が……」
茉菜はとうとう泣き出した。
「いい加減、明楽のことを理由で友達を傷つけるのはやめなさい!いつまで過去に縛られているんだ!」
彼女や茉菜を見ていられない。
明楽に対してとても憤りを感じる。
「京さんまで……京さんまであの人と同じこと言うんですか?」
茉菜もその場にふさぎ込んでしまった。
あの人?一体誰だ?叔母か?それとも綾さんか?
誰か分からないけど、茉菜の事をしっかりと考えている人物が少なからず居るということだと信じたかった。
突然、肩を叩かれた。
振り向くと孝太郎がやさしい笑顔で俺の隣に居た。
俺は彼女を見た。
彼女には花楓がついている。
そして茉菜を見た。
土砂降りの雨の中で一人泣き崩れる茉菜を。
茉菜に手を貸そうと思い茉菜に近づこうとした。
すると彼女が花楓の腕を振りほどき茉菜のもとへ走り出し、茉菜を抱き寄せた。
「ごめんなさい……茉菜……ごめんなさい……」
彼女は茉菜にそう言うと声を出して泣いた。
茉菜の手が彼女の背中に回る。
茉菜もまた彼女に抱きついた。
「ごめんなさい……お姉ちゃん……」
俺たちはそんな二人に何も出来ずそっと見ているだけだった。
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