17.ネックレスの違和感

俺はゆっくりと目を開けた。

薄暗い部屋。時計を見ると夜の十一時を指している。

明日から学校が始まる。

そしてまた、通学の電車で彼女に会うのだろう。


俺は立ち上がる。

喉の渇きを潤すために水分を求める。

部屋に飲み物はないので仕方なく、キッチンに行くことにした。

部屋の扉を開け階段を下りる。


お風呂場からシャワーの音が聞こえる。

たぶん、綾さんだろうと思いお風呂場の前を通り、キッチンに行く。

リビングで叔母が雑誌を読んでいた。

俺は冷蔵庫からペットボトルのお茶を取り出しグラスに注ぐ。

「叔母さん、お茶いる?」

リビングに居た叔母に声を掛ける。

「叔母さんはいらないわ」

静まり返っていただろうかその声が妙に余韻を引く。

俺はグラスに入ったお茶を一気に飲み干す。

冷蔵庫にお茶をしまい、リビングに向かう。

「京ちゃんまだ起きたの?明日学校でしょ?」

「うん、ちょっと調べ事」

俺の返事を聞いた叔母は

「法律の勉強?」

「いや、個人的なこと」

俺はお茶を濁す。


リビングに設置している飾り棚に目を向けると蓋なしの小物入れがあった。

その中には無造作にピアスが入っている。

数種類入っていたが、どれも片方だけだった。

綾さんのものだとすぐに分かる。

あの人は必ずっていいほどピアスを片方無くしてしまう。

綾さん曰く、

『ピアスさんが夜な夜な一人で遊びに行って帰ってこれなくなるだよ』

と言っている。

単純に睡眠する時もピアスを付けており、寝相ねぞうの悪さでどこかに紛失していると考えるのが妥当だと思う。

おそらく行方不明になった片方のピアスは綾さんのベッドの周辺で発見されることになるだろうが、

綾さんは無くしたものを必死で探すタイプではない。

無くなったものは仕方ないと割り切るタイプだ。

実に男らしい。

そして使われなくったもう片方のピアスが無残にも小物入れの住人になってしまう。

そんな可哀そうなピアスを横目に

「叔母さん、おやすみ」

と言って部屋に向かった。


お風呂場からはまだシャワーの音が聞こえてくる。

部屋に戻るとパソコンの画面がスクリーンセーバーになっていた。

マウスを動かし画面を戻す。

そこには『解離性同一性障害』の文字が表示されている。

俺は深くため息をつき、そっと画面を閉じた。

そしてパソコンを落とした。

しばらくハードディスクがガタガタと動いていたが、やがて治まり、部屋は静寂に包まれた。


あれ?

少し違和感を感じる。

俺は今日の出来事でおかしな点があったような気がした。

その時はあまり気に留めずにいたが……

彼女が別人格になったのは、おそらく『解離性同一性障害』が原因だろう。

それは分かる。

では他におかしな点と言えば……

何がある?

それは分からないが明らかに何かがおかしい筈なんだが……

なんだ?何がおかしい?

必死で考える。儚げの彼女の時に感じたのか?

それとも、もう一人の彼女の時に感じたのか?

二人の彼女の言動を一つ一つ思い出していく。

あの錠剤?いやあれはあれで気になるが……そうではない。

ではなんだ?


そして、思い出した。

そっか、なぜ彼女はネックレスをしていなかったのか……

別の人格に入れ替わってネックレスを外したのか?

それはすぐに否定できる。

彼女は『そう、あの子、あのネックレスして来てたんだ』と確かに言った。

あの時は、あの子と言ったことを気にしていたけど……

『ネックレスして来てたんだ』

これは、入れ替わった彼女がネックレスを外した、

ということが絶対に無いという証明だろう。

彼女はネックレスの存在を知らなかったということになるのだから。

では、入れ替わる前に外したという可能性は……

観覧車では確かに付けていた。

トイレに行った時だろうか?

それなら可能性はある。

だが、外したネックレスの行方が分からない。

バッグに入れた?

すぐに否定できる。

入れ替わった彼女は観覧車でバッグの中身が全て散乱していた。

その時にネックレスなど無かった。

ポケットはどうだろうか?

……可能性としてはありだけど、

ネックレスをポケットに入れるとは考えにくい。

なぜポケットに入れる必要性がある?

付けたくないならバッグにしまえば済む話だ。

ではトイレで外してから捨てた。

もしくはトイレに忘れてきた?

それも可能性はあるけども考えにくい。

『あのネックレス』と言っていたことから何か特別な物だったんだろう。

そんな特別な物を忘れたり、ましてや捨てたりなんて考えにくい。

ではあのネックレスは一体どこに行ったのだろうか?

綾さんのピアスと同様にどこかに遊びにでも行って帰ってこれなくなったのだろうか……

あまり深く考えることでは無いと俺はやっと気づいた。

明日、彼女に直接聞けば分かることなんだから。

俺は考えるのを止めてベッドに潜り込んだ。

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