15.彼とのデート
ついに来てしまった。
彼と二人で出かける日が……
昨夜は緊張してほとんど眠れなった。
私は彼にどんな話をすればいいのだろう?
もうすぐ消えてしまう私が彼に会ってどうするのだろう……
そんなことを一晩中考えていたら朝になってしまった。
洗面台に向かい顔を洗い歯を磨いた。
リビングには母が居て私を見ていた。
「莉菜、どこかに出かけるの?」
不安そうに私に問いかける。
「あ、うん……」
母を見てそう言うと
「そうなんだ……」
母はそう言うとそれ以上は何も言わなかった。
母と私の間には壁がある。心の壁が。
私が勝手に作ってしまったのだ。
私が消えてしまう前にその壁を壊すことは出来るのだろうか。
もし可能であれば壊したい。
母に抱き着いて思いっきり甘えたい。
その様なことを思いながら部屋に戻り着替えた。
姿見鏡の前に立つ。グレーのチェニックワンピースにサブリナパンツの出で立ち。変じゃないよね?
トントン
部屋をノックする音が聞こえた。
私はそっと扉を開ける。
母が立っている。
「あ……」
私が立ち尽くしていると、母が私の髪を触ってきた。ドキッとした。
「髪を上げなさい。そのほうが可愛いわ」
母はぎこちない笑顔でそう言う。
「あ、うん……」
「あとこれも持っていきなさい」
そっと銀色のネックレスを手渡してくれた。
ネックレスには指輪が通してあった。
父の形見の指輪。
大切な時にしか付けないネックレス。
それを私に持たせた。
「あ、ありがとう……でも、どうして?」
私は突然の母の行動に戸惑う。
「昨日からあなたが何か楽しそうにしていたから」
ぎこちない笑顔のまま母はそう言った。
自分でも気付いていなかった。
私は楽しそうにしていたの?
それを母は感じ取ったの?
母は私をちゃんと見てくれている。
涙が溢れる。
母はそっと私を抱き寄せた。
「あまりあなたを構ってあげれなかったから、せめてこれぐらいはさせてね」
私は母の腕の中で子供のように泣いてしまった。
「駄目よ泣いちゃ。これから楽しんでくるでしょ?」
「うん……」
ぎこちない母の笑顔がいつの間にか優しい笑顔に変わっていた。
「ちゃんと涙を拭いて。そして行ってらっしゃい」
私は薄手のコートを着て、母に見送らながら部屋を出る。
部屋を出た私は立ち止まる。茉菜が壁にもたれながら立っていた。
「茉菜……」
消えそうな声。
茉菜は何も言わず部屋に戻っていった。
そんな茉菜を目で追っていると、後ろから母が私の肩を叩いた。
「茉菜は大丈夫よ。あなたは楽しんできなさい」
私は母をもう一度見て静かに頷いた。
海沿いに走る電車の中。
車内を走る小さな子供。それを叱る母親。
楽しく会話をする私服姿の高校生ぐらいの女の子。
寄り添うように肩を寄せ合うカップル。
幸せな日曜日の光景がそこにあった。
そんな当たり前の幸せを私はもう掴むことが出来ない。
もうすぐ消えて無くなってしまう。
母との間にある壁は壊せるかも知れない。
それが叶ったら最後は母の腕の中で静かに終わりたい。
そう思いながら電車は目的地に着いた。
電車を降りると駅のロータリは人で混雑している。
私は待ち合わせ場所に向かった。
少し早く着きすぎたみたいだった。
周りを見渡すと楽し気に行き来する人々。
この中で一体誰が私がもうすぐ消えるって信じるだろうか?
そんなことを思っていると彼が遠くから走ってやってきた。
胸の高まりが一段階上がった。
「ごめん、待った?」
「いえ、今、来たところです」
デートの待ち合わせでは定番のやりとりだが、私は少し嬉しかった。
彼は濃いベージュ系のロング丈のカットソーに黒色のスキニーというとてもお洒落な出で立ちだった。
はっきり言ってかっこいい。
胸の高まりがもう一段階上がった気がする。
そして、これもまた定番ではあるが、映画を見に行った。
映画の内容はこれもまた定番の恋愛ものだった。
青春系恋愛ものというのだろうか?
とにかく私は
映画の主人公達と私達を重ねることも出来ないくらいにヒロインの女の子は可愛かった。
私もあんな風になれれば今とは違う人生を歩んでいたのだろうか。
その後はランチをしてショッピングモールで買い物と、とても充実した時間を彼と過ごせた。
初めの緊張はいつの間にか和らいでいた。
彼との時間がとても幸せだった。
もしかしたら最後かも知れないと脳裏をよぎるが、私は必至で否定した。
夕陽が赤く染まる頃、私たちは海の見える観覧車に乗った。
「私、この景色が一番好きなんです。夕陽が海に沈む瞬間のこの景色」
私は壮大な景色を見ながら彼に言った。
「綺麗だね。なんか儚い感じがまたいいね」
彼の言う通りだと思う。
この一日を終える儚い感じがとても好きだった。
「まるで、君みたいだ」
「え?」
彼を見る。
彼はゆっくりと私に近づいた。
彼の手が私の頬に触れる。
身動きが出来ない。
心臓が破裂しそうなほどに激しく動いている。
彼の瞳から目が離せない。
そして、ゆっくりと彼の唇が私の唇に触れる。
どれぐらいだろう。その時間はとても長くとても短いそんな感じがする。
ゆっくりと彼との間が開き、
「君のことが好きだ。俺と付き合ってほしい」
夢にまで見た言葉だった。
私も彼に恋をしている。
涙が出るぐらい嬉しかった。
だけど、私は彼と付き合うことなど出来ない。
私だけ幸せになるなんて出来ない。茉菜が立ち直るまでは絶対に。
それに私はもうすぐ消えて居なくなる。
こんなにも好きなのに……
「……ご、ごめんなさい……」
彼の落胆の姿を見た。
「私は誰とも付き合えないのです……」
「どうして?」
断っているのに彼の言葉一つ一つが愛おしく思える。
「私は罰を受けないと駄目な人間だから……」
「罰?罰とは一体?」
「私は……幸せになってはいけない……あの子が立ち直り幸せになるまでは」
「あの子って一体誰の事?」
彼にそう聞かれて、茉菜のことを思い出す。
「私が傷つけた子。一番大切だった子」
私の頬に涙が零れる。
「それなら、俺もその子が立ち直り幸せになるように努力する。そして君にもう一度俺の気持ちを伝える。その時に君の返事を聞かせてくれないか?」
彼は私の手を握りながら優しい口調で言ってくれる。
私は彼のことが本当に好きなんだ。大好きなんだと実感させられた。
観覧車が地上に戻った。
泣いていた私はトイレに向かう。
彼は本当に優しい。
もし叶うならこれから先も彼ともっと一緒に居たい。
彼に私の気持ちを伝えたい。
私は涙で赤くはれた顔を見ながらそう思った。
そして次の瞬間、そこは自分の部屋だと気づいた。
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