第3章 ~莉菜編~
12.彼からの誘い
『もし、よろしければ、今度の日曜日にでもどこか出かけませんか?』
私はため息をついて、そっとスマートフォンをテーブルに置いた。
どうやって断ろう……
一度しっかりとお礼をしたいけど……
私は心の中で彼を思い浮かべる。
とてもかっこよかった。
素敵な笑顔で私を助けてくれた。
一瞬にして、私の心を持って行ってしまいそうになるそんな彼。
その彼からのメッセージ。
会ってしまったら私が私でなくなる気がする。
一目惚れ?違う。
私に人を好きになる資格なんてない。
私は胸に手を当てた。
ねぇ、どうして連絡先教えたの?
私は私に問いかける。
ふと壁に掛かっている時計に目を移す。
時計は七時三十分を指している。
まずい、遅刻しちゃう。
私は慌てて用意を済ませ家を飛び出した。
駅に向かう人々の群れに紛れて歩き出す。
商店街に差し掛かった。
私はあのお店を目で探す。
ここ数日の私の日課だった。
あの時、確かにあったあのお店がどこにも見当たらない。
あの子の話は本当のことだったんだ。と確信してしまう。
ここに在って、ここに無い。
不思議な感覚を覚える。
駅の二階から見える海は広大で、この海がもしかして繋がっているのではないか。
そんなことを考える。
駅のホームに着きいつもの場所に並ぶ。
向かいのホームに視線を向ける。
茉菜が居る。
いつもの光景がそこにある。
茉菜をじっと見つめ、あの子が書き示した言葉を思い出す。
『私には茉菜が助けを求めているような気がする。そのように思えてしまう』
本当にそうなんだろうか……
私と茉菜を遮るように向かいのホームに電車が入ってくる。
そして、いつも通りに、茉菜を乗せた電車を見送った。
電車の接近を知らせるメロディーが流れだし、駅員のアナウンスが響く。
いつもと同じように。
電車がホームに到着すると一斉に人々が動き出す。
私は電車に乗るのを躊躇う。
彼が居る。そんな私の躊躇いとは裏腹に押されるように電車に乗り込む。
また、彼との距離が近い。
彼が近くに居ると思うと胸が苦しい。
「おはよう」
彼が声を掛けた。
「あ、おはようございます」
俯きながら返事をする。
一分一秒がとても長く感じられた。
彼からはとても爽やかな香りがする。
「莉菜ちゃん」
突然、名前を呼ばれ思わず彼を見上げ、
「あ、はい!」
とても大きな声で返事をしてしまった。
ざわざわと騒がしかった車内に、一瞬静寂が訪れた。
視線が集中している。
そして何事もなかったかのようにまた車内はもとに戻った。
「びっくりした、声大きかったから」
彼は笑顔でそう言う。
「ごめんなさい……」
とても恥ずかしい。
早く電車から降りたい気持ちで一杯だった。
「突然のメッセージごめん」
彼は私に送ったメッセージのことを言っている。
「あ、いえ……」
「それで、今度の日曜日なんだけど、何か用事でもある?」
どうしよう……
メッセージですら断れないのに、直接誘われたら、どう断っていいのかわからない。
「えっと……その……」
どうしても断れない……
「だ、大丈夫です」
言ってしまった。
「よかった」
彼は嬉しそうな表情になる。
「あの……二人でですか?」
私は確認した。
出来れば二人よりは複数人のほうが好ましい。
「あ、二人じゃ嫌?」
彼の不安げな顔を見てしまい
「あ、いえ、二人で大丈夫です」
二人で出かけるなんて……
どうすればいいの?
そう思った次の瞬間、電車の揺れで後ろから押された。
私の体が彼の胸に寄り掛かる。
「ご、ごめんなさい」
電車の音でかき消されるような声で言った。
彼は見た目よりはるかにがっしりとした体。柔軟剤の香りが心地いい。
体が熱くなるのを感じる。
心臓が激しく動くのが分かる。
耳まで赤くなるのも分かる。
彼は一体どんな表情をしているのか?
でも見上げることなんて出来ない。
こんな顔、彼に見られたくない。
「だ、大丈夫?」
彼の問いかけに
「だ、大丈夫です」
彼に体を預けた状態でそう言った。
そうか私やっぱり彼に恋をしているんだ。
ねぇあなたならどうするの?
どうすればいいの?
私は心の中で何度もそう自分に尋ねた。
電車がホームに入る。
私は何とか電車から降りた。
振り向くと彼が見える。
彼は優しい笑顔で私を見ている。
私は彼に頭を下げその場から立ち去った。
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