09.白河家

白河しらかわ家の和室。

俺は仏壇の前で蝋燭ろうそくに火を付ける。

線香立てから線香を一本取り出し、蝋燭で火を付ける。

線香から独特な香りが部屋中に広がる。

鈴を鳴らし、手を合わせる。

遺影いえいには、幼さが残る笑顔の少年。

明楽あきら、もうすぐ一年だな」

少年に話しかけた。

もちろん返事はない。

少年は笑顔のままである。


和室を出てリビングに行くと、エプロン姿の叔母のよし子が、いつもより明らかに多めの昼食を作っている。

俺から見た叔母は着物が似合いそうなキリっとした大人の女性で、なんていうか、かっこいい。

「叔母さん、おはよう」

「あら、京ちゃんおはよう」

「あ、朝ごはんは、パン焼いたから食べてね」

優しい口調で語る。

「あ、今日って月命日か」

俺は叔母に聞く。

「そうよ」

「だから、そんなに張り切っているだ」

叔母は何も言わず笑顔で俺を見る。

「今日もあの子来るの?」


俺が日本に帰ってきてからの三か月、月命日には必ず一人の女の子がやってくる。

叔母や従姉のあやさんによると、明楽が死んでからずっと来ているようだった。

初めの頃は、叔母も綾さんも家の敷居を跨がせなかったらしいが、何度も何度もやってくるその子に、ついに線香をあげることを許したそうだ。

そんな二人が、今ではその子が来ることを楽しみで仕方ないといった様子にまでなっていた。

当時、なぜ叔母や綾さんがそれほどまでにその子のことを嫌っていたのかは分からない。

何かの理由があったのだろうが、あまり詮索しないほうがいいと、自分なりに判断した。


「来るわよ。さっき電話があったから、仏花を買ってきてくれるそうよ」

俺は嬉しそうに話す叔母を見ながらダイニングの椅子に座り、食パンを取ってジャムを付けた。

二階からけたたましい音とともに階段を下りる従姉の綾さんがリビングに入ってきた。

従姉の綾さんは叔母に似ている。

ショート気味の髪は寝ぐせで随分跳ねていた。

綾さんは俺より二つ年上の大学生なのだが、あまり年上って感じはしない。

とにかく、だらしないのだ。

叔母に似ているのは外見だけで、内面はまるで男性だった。

「あら、京、おはよう」

「綾さん、おはよう」

って俺のことは無視して

「お母さん、ごめん!」

「うん?どうしたの?」

「昨日、仏花買って帰るの忘れた」

手を顔の前に合わせて謝って見せる。

「それなら、茉菜ちゃんが買ってきてくれるって」

叔母は笑顔でそう言う。

「茉菜ちゃんが?さすが気が利く」

綾さんは片目を瞑りながら元気な声でそう言う。

この人は朝から賑やかだ。

初めはこのテンションに着いて行くのに苦労させられたが、最近は慣れた。慣れって怖い。

「あ、線香あげなきゃ」

慌てて和室に向かう綾さんを見ながらコーヒーに口をつける。

「熱っ」

コーヒーが意外と熱かった。

そんな様子を見ていた叔母が笑った。

本当に茉菜という子が来ることを楽しみしているんだなとしみじみ思う。


食事も終えて、リビングのテレビをつけた。

土曜日の朝番組がやっていた。

タレントが様々な町を旅してその地域の特産品やらを紹介する番組。

俺はテレビを消した。

立ち上がり、食器を片付け、叔母の手伝いをすることにした。

「京ちゃんが来てくれて本当によかったわ」

叔母は俺の横でそう言った。

「俺のほうこそ感謝しています」

俺がそう言うと

「京ちゃんが来てくれていなかったら、家は毎日お葬式のような家だったと思うわ」

「そんなことないでしょ、俺が来た時にはもう明るい家庭だったじゃないですか」

「叔父さんが出張でよく家を空けるのはさみしかったと思いますが」

「まぁあの人は仕方ないわね」

叔父の仕事のことを理解しているのだろう。

叔母はそう言うと

「でも京ちゃんが来てからはより一層明るくなったわ」

笑顔でそう言われると少し照れる。

俺は日本に来ることになった時のことを思い出していた。

 

 俺の父は外交官で母と一緒にアメリカに渡ったのは小学四年生の時だった。

アメリカの学校では随分苦労をした。

何せ英語がよく分からなかったからだ。

日常会話は、日本に居る時に、父にみっちりと叩き込まれたが、

少しでも、相手の話す言葉が早ければ、まったく分からなかった。

俺は、早く、日本に帰りたかった。

それに、俺は日本で弁護士になりたいと思っていた。

昔、父がちょっとした事で、裁判沙汰になったことがあった。

その時の、父についてくれた弁護士が、とても格好よかった。

幼い俺には、まるでヒーローそのものだった。

そんな想いを持っていた。

そんな時に、従弟の明楽が急死したと連絡を受けた。

すぐにでも飛んできたかったが、忙しすぎる父、そんな父の支えとなる母。

俺だけ日本に来ようかと考えたが、俺もちょうど、その頃、

色々とあって、結局これ無かった。

今年の六月ごろ、叔母から母に連絡があった。

もし、可能であれば、家で俺を預かりたいと。

いきなりそんな話になった理由は、やっぱり明楽のことだろう。

最愛の息子を亡くし、年の近い俺に明楽の影を見たのかもしれない。

だが、そんなことは、俺にはどうでもよかった。

念願だった日本に行ける。

その想いが一層強くなっていた。

母も叔母のためと思っているのであろう。

特に反対もせずに承諾した。

そして、今年の夏に単身で日本帰ってきたのだ。

俺にとっては日本は憧れであり、故郷だったがアメリカで過ごした時間が長いせいか、日本は異国の地に思えた。

しかし、白河家の優しさがとても心地よく、今ではすっかり、白河家の人間だと思える。

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