08.電車内の彼女
「京」
突然の声に驚いた。
「もうすぐ電車来るぞ」
隣にいた孝太郎が言う。
いつの間にか駅についていたらしい。
「お前、何考えた?例の電車の子のことを考えていたのか?」
こいつ、鋭いな……ってあんな話をしたあとなんだから当然か
「まあな」
苦笑しながら答える。
「ふーん」
やけに嬉しそうな孝太郎。
そんな孝太郎を睨んでいたら、電車が来た。
電車内はそれほど混んではいなかった。
俺たちは電車に乗り込み座席には座らず吊革を掴んで立った。
俺たちは他愛のない話をしながら電車に揺られていた。
「なぁ、京、あそこにいる子達、ずっとこっちを見てるぞ」
孝太郎に言われて視線を向ける。
何か楽し気に話す二人の女子高生。
制服からうちの学校だと分かった。
「一年後輩だろうな」
孝太郎がそう言う。
一年生ってことか。
そう言えば、彼女は年下だろうか?それとも同じ年だろうか?年上ってことはないと思うが……
また、彼女のことを考えてる。
そんな俺の様子を見ていた孝太郎は、
「結構重症だな」と笑いながら言った。
そして、電車は駅に到着した。
心臓が激しく脈打ちしているのがわかる。
掴んだ吊革をぎゅっと握りしめた。
彼女が乗車してきたのである。
相変わらず儚い彼女をじっと見つめている。
彼女はこちらには気づいていないようだった。
俺の異変に気付いたのか、
「おい、京?」
孝太郎が話しかける。
「あ、ああ」
心ここにあらずといった返事をした。
「もしかして、いるのか?」
こいつ、本当に鋭いな
「あ、ああ」
さっきと同じ返事をしてしまった。
「どの子だ?」
興味津々に聞いてくる孝太郎。
「あの扉の前に立っている子」
車内はそれほど混んでいない。
扉の前に立っているのは、この車両で一人だけだった。
孝太郎はまじまじと彼女を見ている。
「ふーん、なるほど、確かに京の言ったとおりの雰囲気だな」
孝太郎は俺に視線を向けながら嫌みなく言った。
俺は電車に揺られながら、ただただ、彼女を見ているだけだった。
彼女は鏡を取り出し見ている。
その後、何かを確認するように、周囲を見渡している。
いつのまにか鏡を閉まっているようだった。
そのような彼女の行動を一つ一つ。
まるでストーカーのようだと思った。
しびれを切らしたのか、孝太郎が俺に馬鹿なことを言い出した。
「話しかけろよ」
こいつ何言ってんだ。
無理に決まっているだろう。
孝太郎は冗談でもふざけている様子もなく真剣な表情だった。
「知り合わないことには何も始まらないぜ」
確かに、孝太郎の言う通りではあるが……
俺は少し考えて、決意を固める。
さて、話すきっかけをどうするかだが、今朝の話は……
いや、むしろ止めておいたほうがいいだろう。引いてたしな。
よし、さりげなく、さりげなく、よく電車で会いますね……だな。
俺は彼女に近づく。
さっきの女子高生がきゃっきゃと騒いでいる。
俺と彼女の距離がさらに近づく。
それと同時に心臓の鼓動が激しくなる。
もう、これは鼓動の音が外部に漏れて、ここにいる全員に聞こえているじゃないかと思うぐらいに。
とうとう、彼女の横に立った。
彼女は何か考え込むように下を向き右手を顎の下に添えている。
彼女は俺に気付き、視線を上げる。
目が合った。
しかし、彼女は何事もなかったかのようにすぐに下を向き、また、考えこむような態度をとった。
ありったけの勇気を振り絞る。
「やぁ」
なんだその間抜けな声の掛け方。
自分が嫌になる。
彼女はゆっくりと俺を見た。
少し離れた場所でさっきの女子高生達の話し声が聞こえるが、内容は頭に入ってこなかった。
彼女の大きな瞳は、俺が知っているものではなかったが、とても引き込まれそうになる。
少し警戒しているような様子の彼女。
「あの、何か?」
彼女が問いかける。
「あ、いや、えーと、今朝はどうも」
な、なんてことだ。今朝の話はするつもりなんかなかったのに。
「今朝?」
彼女は不思議そうな表情でそう言う。
俺は少し深呼吸をして、
「今朝は大変だったね。満員電車とか大変だよね」
「何?何言ってるんですか?」
彼女の警戒レベルが上がった気がする。
話が噛み合わない。
「いや、君が電車から降りれなくなって……」
俺は最後まで言うのを止めた。
「え?私、普通に降りましたけど」
どういうことだ、何かおかしい気がした。
話しかけた時にも少し違和感を感じた。
俺の勝手なイメージなんだが、彼女はなんていうか、こう、もっと弱弱しい感じだと思っていた。
しかし、実際に目の前にいる彼女は、姿や声は同じだけど、何か自信に満ち溢れている。エネルギッシュな印象を受ける。
俺がそう思っていると、なんと彼女から質問されることになる。
「あの、あなたのお名前をお聞きしてもいいですか?あと、学校は……清院かな?あと学年もお願いします」
はっきりとした口調でそう聞いてきた。
「えっと、名前は藤田京。学校は清院学園であってる。学年は二年だけど」
俺はそう答えて、これはチャンスだと思った。
このまま、勢いに任せて
「き」
「その制服、やっぱり、清院学園ですか」
「君は」って聞こうとしたが彼女に先を越され、さらに質問が続いた。
「清院学園の二年ってことなら、古河未來って女子をご存知ですか?」
「
「そうですか。ありがとうございます」
彼女はそう言うと、また考え込むようにした。
俺も君のことが知りたい。強く思い、
「えっと君は?」
と尋ねた。
「あ、そうですね。人に尋ねておいて自分のこと話さないなんて、これは失礼しました」
と忘れていたかように、いや、実際忘れていたんだと思うが、彼女は自己紹介をしてくれた。
「名前は、樋川莉菜です。学校は東維高等学校で学年は、あなたと同じ、二年生です」
淡々と話す彼女。
彼女は続けて、
「その制服、あなたも清院ですね?」
と俺の後ろに向かって話しかける。
俺が振り向くと、申し訳なさそうな表情で孝太郎がいた。
孝太郎は俺に悪いって感じのそぶりを見せて
「そうだけど」と彼女に答えた。
「名前をお聞きしても?」
彼女は続ける。
「和泉孝太郎」
俺に気を使っているのだろう。
必要以上に話さない孝太郎。
俺は孝太郎にさっき名前が出た子のことを聞いた。
「孝太郎、古河未來って知ってるか?」
「古河未來、あぁ一組の子だな」
それを聞いた彼女は、また考え込んでいる。
「あ、そうだ、樋川莉菜です」
思い出したかのようにそう孝太郎に言う。
孝太郎は俺を見て、連絡先聞けよというそぶりを見せる。
俺は聞くのを躊躇う。
「ねぇ、莉菜ちゃんて呼んでもいい?」
孝太郎は
彼女は笑みを浮かべ、
「いきなりですね。別に構いませんよ。じゃあ私は孝太郎君って呼んでもいいですか?」
なんて羨ましい。
「いいよ、あ、こいつは京って呼んであげて」
ついでのように言われた。
彼女は俺を見て笑顔で
「では京君って呼びますね。いいですか?」
「あ、う、うん」
なんとも歯切れが悪い。
孝太郎と彼女はその後も楽し気に話している。
そんな二人を黙って見ていた。
孝太郎が俺に視線を送る。
さぁ、場も和んだだろう。
連絡先を聞け。
と言っているように聞こえる。
孝太郎に
情けない奴。
自分でそう思う。
連絡先一つ聞けないのだ。
今まで、随分告白を受けてきた。
今思うとあの子達の勇気は本当に尊敬に値する。
周囲から見た今の俺の状態はどうだったかはわからないが、そんな俺を孝太郎はあきれた表情で見ている。
彼女はそんな俺を屈託のない笑顔で見ている。
しびれを切らしたのか、
「ねぇ、莉菜ちゃん、もし良かったら連絡先教えてくれない?」
孝太郎が彼女に聞いてくれた。
渡りに船とはこういうことを言うんだろうか
彼女は俺と孝太郎をそれぞれ見て少し考え込む。
「いえ、止めておきましょう。どうせ、意味の無いことですから」と言った。
正直ショックだった。
孝太郎も俺を見ながらため息をついた。
彼女は落胆する俺を見て、
「やっぱり、連絡先交換しましょう。何かの役に立つかもだし」
と意味の分からないこと言った。
そして、三人で連絡先を交換した。
俺のアドレスに樋川莉菜の名前が登録された。
それから、俺たちは他愛のない話をした。
食べ物は何が好きとか、音楽は何が良いとか、そんな会話を。
すると、彼女は俺と孝太郎に質問した。
「さっきから気になっていたんですが、あの子達、ずっとこっちを見ているんですが、知り合いですか?同じ清院の制服だし」
俺たちが振り向くと、さっきの女子高生の二人が、なんとも言えない目で俺たちを見ていた。
「あー莉菜ちゃんに嫉妬しているだろう」
孝太郎が分かったかのような口ぶりでそう言う。
「嫉妬?なぜですか?」
彼女は不思議そうに聞く。
「まぁ、京がモテるってことだよ」
こいつ、本当に余計なことを。
「あ、なるほど。確かに京君かっこいいですもんね」
彼女は笑顔で言う。
彼女の口からそんなこと言われると照れてしまう。
孝太郎は俺が気にしていたことを彼女に聞いた。
「なんか、京に聞いていたイメージと随分違うね」
「そうなんですか?どんなイメージ?」
彼女は興味津々で聞いてきた。
孝太郎が続けて聞くと思っていたのに俺に言えよって合図をしてきた。
途中で止めるなら最初から聞くなよ、と思う。
「えーと、なんていうか、もっと大人しいっていうか、なんていうか……」
うまく説明できない。
「うふふ、もっと清楚的な感じでしたか?」
彼女は、意地悪そうな笑みを浮かべた。
「いや、今も十分、清楚なんだけど」
俺は弁解するように言う。
「なんか、さみし気な感じで儚いって感じかな」
惜しげもなく孝太郎が横から言った。
自分で言うなら最初から言えよ。
「なるほど、そうですか……」
彼女は、また考え込んでいる。
そうしていると、電車が彼女が降車する駅に着いてしまった。
彼女は手を振りながら電車を降り、振り向いて「京君、孝太郎君、また会えたらいいね」
その言葉を残し立ち去った。
「なんか、全然違った」
孝太郎は俺と同じことを思っていたのだろう。
「そうだな」
俺も答える。
「あの子が泣いている所とか想像できないぞ」
確かにそうだ。
「今朝、会って話した時とはまるで別人みたいだったよ」
俺は思わず孝太郎に言っていない今朝の話を持ち出してしまった。
「うん?今朝?」
孝太郎は俺を見て、意地悪そうな笑みを浮かべた。
「今朝がどうしたって?なぜ俺に教えてないだ?」
楽しそうに聞く孝太郎。
俺は観念してすべて話した。
その夜、俺は勇気を出して彼女にメッセージを送ったが帰ってこない。
俺はそのまま、眠りこけてしまった。
翌朝、彼女からの返信が来ていた。
『もし、さみし気で儚い私に会ったら優しくしてあげて』
まるで他人事のように言う。
彼女は一体どういう人物なんだろうか。
自分が勝手に作り上げたイメージとはかなりかけ離れている。
『どういう意味?』
俺は、再度メッセージを送ろうと思ったが、止めることにした。
彼女には何か秘密があるような気がした。
決して触れてはいけない秘密が。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます