03.友人

教室に入るとさっきまでがやがやと騒がしかった話し声がピタリと止み、一斉に視線が集まった。

私はいたたまれない気持ちになり、うつむきながら自分の席に座った。

ひそひそと話す声が否が応でも聞こえてくる。

「ねぇねぇ、樋川ひかわってさどうしてあんなに暗いの?」

「樋川って何が楽しくて生きてるの?」

「え!?何、私、ひ弱な美少女なんです。だから守ってみたいなキャラ演じてるの?」

「単純にコミュ能力皆無なんじゃない?」

逃げ出したい!

でも、立ち上がれない……足が震えている。

そして、一番聞きたくなかったことが聞こえてきた。

「樋川とおな中の奴から聞いたんだけど、樋川の妹って、何度も自殺未遂しているみたいだぜ」

「え!?マジ!?それやばくない?」

心が締め付けられ、だんだん呼吸が激しくなるのを感じた。

目の前が真っ暗になった。



 暗闇の中で人影を見た。

私はその人影に近づくのをためらっている。

やがて暗闇になれたのか、その人影が徐々に姿を見せた。

妹だ。茉菜が座りこんでいた。

近づくと茉菜の周りが水浸しになっている。茉菜の前には浴槽があり、蛇口から水が流れていた。

「茉菜?」

返事がない。

「茉菜?」

もう一度声をかけるが、やはり返事はない。

徐々に目の前が色付いていく。

茉菜の黒髪、ベージュの浴槽、そして真っ赤な液体……

真っ赤な液体!

目を見開き、もう一度はっきりと周囲を見た。

ベージュの浴槽の前で茉菜はぐったりと座り込んで浴槽からは真っ赤な液体がこぼれだしている。

慌てて茉菜に駆け寄った。

「茉菜!茉菜!」

反応がない。

茉菜の横で力なく崩れ落ちた。

「ねぇ……」

突然の声に顔を上げる。

「ねぇ……どうして……あなたが……るの?」

今にも消えそうな声で茉菜が問いかけてくる。

「茉菜!茉菜!」自然と涙が溢れてくる。

「ねぇ……どうして……あなたが……てるの?」

どこか悲しげな表情で茉菜が問い続ける。

「え!?何?なんて言ったの?」

茉菜の言葉が所々聞き取れなかった。

「ねぇ……どうして……あなたが……生きているの?」

今度ははっきり聞こえた。

「……」

答えを詰まらせた。

茉菜の言っている意味がはっきりとわかる。茉菜が私に望むこと。

茉菜の表情がみるみる変わっていった。

そして憎しみに満ちた目で

「お前が代わりに……」

周囲が再び暗闇に包まれ茉菜の言葉が最後まで聞こえなかった。


 

 「……菜……菜……菜……」

名前を呼ばれているような気がする。

その声はなんだかとても暖かくそして不安に満ちた感じがした。

「……菜……菜……莉菜……莉菜!」

はっきりと自分の名前が呼ばれたの感じ、うっすらと目を開けた。

蛍光灯の光が少し眩しい。

「莉菜!莉菜!」

涙声で少女が私に抱きついた。

「良かった!本当に良かった」

抱きついたままの少女が私の髪を撫でながら安堵した表情で言った。

「ここは?さっきのは夢?」

頭の中が混乱している。

その様子を見て

「大丈夫?しんどくない?」

心配そうに少女が私に聞いた。

「うん。大丈夫だけど……」

周囲を見渡し、混乱している頭の中を整理しながら少女に視線を向けた。

綺麗に手入れされた黒い長い髪と、見つめると吸い込まれそうになる大きな瞳。

細い体からはっきりとわかるふくよかな胸。

少女を一目見たら、誰もが思うであろう、この少女は紛れもなく大和撫子だと。

また名前までもが和製美人にふさわしい名前である。

花楓かえで、この名が和製美人の名前であった。

そんな和製美人の花楓は私の唯一の親友であり、自称莉菜のお姉さんという位置づけだと言う。


「花楓ここはどこ?」

「ここは保健室よ」

「私が教室に入ったらいきなり莉菜倒れるだもん。もう本当にびっくりしちゃった」

花楓は昔からそうだ。

いつも私を気遣い、心配してくれる。

私が唯一心を許せる存在。

花楓がいなかったら、私はもう生きていなかっただろう。

花楓の存在がかろうじて私を生かしている。

私は心配そうに見つめる花楓を見ながら思った。

「もう今日は帰ったほうがいいんじゃない?」

花楓は私を気遣ってくれた。

「ううん、大丈夫、もう少し休んだら授業に出るよ」

精一杯笑顔で答える。

「もう、無理しないでね」

やっぱり花楓は優しい。


花楓が保健室から出ていって、一人保健室で残った私はさっきのクラスメイトの言葉が脳裏によぎった。

「樋川とおな中の奴から聞いたんだけど、樋川の妹って、何度も自殺未遂しているみたいだぜ」

事実だった。


茉菜は過去に数回自殺未遂をしている。

それは全て私のせいである。

一年前のあの時から、私と茉菜のそして樋川家の人生は大きく変わった。

もしやり直せるならやり直したい。

いつもそんなことを考えている。

私にとって茉菜はかけがえのない妹で大好きだった。

あの純粋無垢じゅんすいむくなえくぼが愛らしい笑顔。

どんな悩みがあっても茉菜の笑顔があるだけで全てが美しく輝くようなそんな笑顔。

私はその笑顔を永久に奪ってしまったのだ。

涙が頬を伝って零れ落ちた。

色々な思いが胸を締め付け泣かずにはいられなかった。


泣くことによって少し気持ちが落ち着いた気がした。

立ち上がり、保健室を後にした。

目の下を赤く腫れた状態で、教室の前まで来た。

今は授業中のようで中に入るのを躊躇ったが扉を開けた。

今度は教師も含めてクラスにいる全員の視線を集める。

「すいません……」

今にも消えそうな声だった。

うつむきながら自分の席に着いた。

席に着いてからも一部の生徒の視線を感じる。

その視線が怖くて怖くて逃げだしたくなった……助けを求めるように花楓を見た。

花楓は優しく微笑みかけ、ただ頷いた。大丈夫だよ。心配しないで。

と花楓からのメッセージを感じ取って少し落ち着いた。

また、花楓に救われたと感じた。

そして、花楓のおかげで放課後までの一日を無事に終えることが出来た。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る