02.出会い

ガチャ

扉を開くと朝の照りつける日差しが眩しく思わず目を細めた。

秋も半ばに差し掛かっているのに、まだ少し日差しが強い。


うつむき加減で外に出る。

顔を上げて周りを見渡す。

高台にある家の玄関から見える海は、太陽の光を反射しきらきらとしている。

運ばれてくる潮風の香り。

平日の朝の風景が目の前に飛び込んでくる。駅に急ぐスーツ姿の大人達、楽しそうに笑顔で会話しながら、歩く学生。


思わずこのままもう一度扉を開けて家の中に逃げ帰ってしまいそうな気分になる。


ガチャ

再び扉が開いた。

家の中から妹の茉菜が出てきた。

扉の前で立ち尽くしていた私と鉢合わせる。お互いの視線が合った。

慌てて視線をそらす。

茉菜は少し不機嫌な表情になり、私の横を無言で通り抜け歩き出す。

私は思わず振り返り茉菜に声をかけた。

「茉菜……」

不安に満ちた声だった。

「話かけないで!」

茉菜は振り返りもせずいらだった口調で拒絶した。

「ご、ごめんなさい……」

うつむきながら謝る。

茉菜は右手をぎゅっと握りしめ何も言わずに石段を下りて行った。


茉菜は一生、私のことを許さないだろう。たとえ私が死んで償っても……茉菜にとって世界で一番憎い存在なのだから……

遠ざかる妹の姿を目で追いながら再認識させらた。

私も重い足取りで石段を下りる。

 


家から十五分ほど歩くと最寄りの駅に到着する。

階段を上がり改札に向かう。

この地域の駅の二階からは海がよく見える。今日は天気がとても良く、遠くの島もうっすらと見える。

鞄から定期を取り出し、改札を抜ける。

「おはようございます」

若い駅員が改札を抜ける乗客一人一人に挨拶をしている。

 

 それなりに混雑した駅のホームで電車を待っていると、向かいのホームにいる、

茉菜に自然と視線を送る。

茉菜は私の視線には気づいているだろうが、一度も私に視線を向けることはなかった。

 

 私と茉菜はお互い高校生である。

私が高校二年生、茉菜が一つ下の高校一年生。

お互い別々の高校に通っている。

茉菜が受験生であった昨年の秋までは、

「お姉ちゃんと同じ学校に行くね」

と愛らしい笑顔で話していた。

それが、昨年の冬、朝から雪の降るあの日、茉菜は姉に対する態度が一変することになる。

いや、姉に対してだけではなく、目に見えるすべてに対して、絶望と憎悪だけが構成されていった。

そして年が明けてからは学校に行くこともなく、受験勉強もすることを止めた。

そんな茉菜の姿を心配して、母と茉菜の担任であった斎藤先生が必至で茉菜に寄り添った。

そのおかげなのであろう、茉菜は少しだけ以前の茉菜に戻っていた。

その後、茉菜は一日中、部屋に閉じこもり受験勉強をして、春には姉である私の通う東維とうい高等学校よりも偏差値の高い女学院に入学していた。


茉菜に視線がくぎ付けになっていると、向かいのホームに電車が入ってきた。

電車に乗り込む時も、ずっと目で追っている。

一瞬、茉菜は私のほうを見るがすぐに視線をそらした。その顔は無表情だった。

そして、電車が遠ざかっていくのを見届けると私は思わず深いため息をついた。

 

 電車の到着を知らせるメロディーが流れだし、駅員が電車到着のアナウンスを始める。

そして、定刻通りに電車が駅に到着する。

扉が開き数名の人が降車する。

ホームにいた人々は一斉に電車に乗り込む。

ホームの先頭に立っていた私は、後ろから押されながら電車に乗り込む形となった。


車内はすでに満員と言っていいほどの混み具合だった。

電車が発車する時には、ぎゅうぎゅう詰めの状態であった。

押されて入ってしまったので、鞄が人との間に挟まってしまった。

私は鞄を必死で胸に抱えようとするがなかなかうまくいかない。

「すいません」

頼りない声のせいだろう、誰も反応がなかった。どうすることも出来ずうつむいていると、鞄の持ち手に見知らぬ手が伸びてきた。「すいません。鞄を取りたいので少し引っ張ります」

少年の声が耳に入る。

慌てて見上げた。

私との距離が数センチの場所にいたその少年は学生服を着ている。

その学生服から学校は清院せいいん学園の生徒だということもわかる。

少年は少し長めの茶色掛かった髪で前髪を流している。

キリっとした大きい瞳。

鼻もすっと通っている。

印象に残ったのは歯がとても白いことと、身長が高いことだった。

身長は180ぐらいはあるだろう。

私の身長が150だから、30センチの差がある。


その彼が私の鞄を取り、私にどうぞと渡してくれた。

ただ見ていただけの私は我に返り慌てて、

「ありがとうございます」

と一言お礼を言った。

そういえば、夏ぐらいから朝の登校時にこの人をよく見かけるようになったなっと思いつつ、もう一度お礼を言った。


満員電車に揺られながら、十五分ほどで学校がある駅に着いた。

電車から降りようとするが、満員の電車では降りるのも一苦労である。

人の壁がいくつもあるからだ。

「すいません、通してください」と声をかけるが、あまりにも声が小さいためか通れるほどの広さが確保出来なかった。

どうしよう……困ってしまった。

少しおどおどしていると、

大きい声で「すいません、降ります」

先ほどの彼だ。

そして、いきなり、私の手を掴んだかと思えば、一緒に電車から降りた。

あまりに一瞬の出来事だった為にあっけにとられている。

そして、我に返り、

「ありがとうございました」

と深々とお礼を言った。

でも、不思議である。彼の降りる駅はまだ先である。

「あの、清院の方ですよね?」

彼にそう尋ねた。

「そうだけど」

彼は無表情で答える。

「あの、清院ってまだ先の駅ですよね?」

どうして自分の為に違う駅で降りてくれたのか気になった。

別に彼が降りる必要性などなかった。

私を助ける為だろうが、あの時少し大きめの声で私が降りること伝えるだけでも良かったと思う。

私は大きい声を出すのが苦手なんだけど。

そう思いながら彼を見上げた。

彼にじっと見つめらている。

少しドキッとした。

私は視線をそらしながら

「あ、あの……」

と今にも消えそうな声。

「あ、ごめん」

彼は少し優しい笑顔になって言った。

「あ、そういえばよく電車で合うね」

次の瞬間、彼の顔が目の前にある。

私の顔をのぞき込んでいる。

とても素敵な笑顔。

体が熱くなるのを感じた。

頬を赤らめつつ一歩後ろに下がってゆっくりとうなづいた。

そして、最後にもう一度お礼をして、彼の前から走って立ち去ってしまった。


男性の顔をあんなに近くで見たのは初めてで、とても緊張していたとはいえ、少し失礼だったのではないかと思っていた。

助けてくださったのに逃げるように立ち去るなんて……

今度、合ったらもう少ししっかりとお礼をしなくては……私に出来るかな……

 

 駅から学校までは、徒歩で五分ほどである。学校に向かって少し歩くと、個人経営の小さめの文具店がある。

白髪の人の良さそうなおじいさんがやっているお店だ。

その文具店を気に入っている生徒は多い。私もその一人だ。

店主のおじいさんは外に出て、生徒一人一人に、おはようって声を掛けている。

生徒たちもおはようございます。と返事をしている。

そして、この文具店の最大の特徴は、店に入ると、かならず店主のおじいさんがお茶と和菓子を用意してくれる。

私たちの話をじっと聞いてくれる。

楽しい話、悲しい話、機嫌が悪い時の愚痴なんかも。

いつも最後には、笑顔で送り出してくれる。そんな優しさが詰まった店だから、生徒から人気があるのだろうと思う。

その文具店の前を横切り、店主のおじいさんに挨拶をして、私は学校に向かう。

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