海に降る雪のように
楠樹 暖
人魚姫
夢を見ていた。
夢の中で私は人魚だった。
お姉さん人魚と深く深く海の底へと潜っていった。
深い海の底、ひらひらと舞い降りるマリンスノー。
「綺麗ね」
「綺麗だね」
私とお姉さん人魚はいつまでもその景色を眺めていた。
† † †
いつもの片頭痛が治まり現実へと帰ってきた。
お姉ちゃんが心配そうに見ている。
「大丈夫?」
「うん、もう平気」
昼からは、お姉ちゃんと幸二君と三人で出かけることになっている。
幸二君は私と同い年でクラスも一緒。
小さい頃はお姉ちゃんと三人でいつも一緒に遊んでいた。
お姉ちゃんが中学に上がると三人で遊ぶ機会も少なくなってきた。
私と幸二君は同じ高校に通っている。
幼馴染で登下校も二人一緒なので、まわりからはそういう目で見られている。
私もまんざらではない。
いつか幸二君から告白されるのを待っているけどその気配はない。
私から告白しようとしたことも何度かあるけど、そのたびに声が出なくなる。
「今日は、ビックリさせてあげるから」
お姉ちゃんはなんだか楽しそうだ。
ふいに視界が崩れだした。
見えない箇所が点々と広がり、まるで雪の日のように視界が悪くなる。
片頭痛の前兆だ。
目をつむって安静にした。
† † †
夢を見ていた。夢の中で私は二本脚の人魚だった。
私はお姉さん人魚と一緒に居た。
「この短剣で王子を刺せば人魚に戻れるのよ」
「…………」
王子様を刺すことはできない。私は無言でうつむいたままだった。
「そうしないと、あなたは海の泡になってしまうのよ」
「…………」
† † †
今まで片頭痛が一日に二度も起きたことはない。
今日は特別だ。
今日は体調がよくないのだろうか?
とりあえず大丈夫そうだったので出かけることにした。
幸二君が家まで来て、三人でショッピングセンターをまわった。
歩き疲れて喫茶店へ入った。
三人揃って遊ぶのなんていつ以来だろう?
「今日はね、報告があるの」
お姉ちゃんが切り出した。
ひょっとして彼氏ができたとか?
お姉ちゃんとはそういう話をしたことがないのでちょっと楽しみ。
「実は私と幸二君、付き合ってるの」
「!?」
「ほら、私、高校で何人か彼氏いたじゃない?
でもみんな何か違うのよね。
で、一年くらい前に幸二君と二人で遊びに行ったら凄くしっくりくるのよね。
これだーって。
で、私から告白したら即OKもらって。
ゴメンネー、今まで黙ってて」
視界が崩れていき、私は夢の中へと落ちて行った。
† † †
夢を見ていた。
夢の中で私は海の泡だった。
王子様を刺すことができなかったのだろう。
波しぶきで打ち上げられた泡の私は宙に舞った。
泡はそのままひらひらと空の彼方へと降っていった。
あの日、お姉さん人魚と一緒に深海で見た雪のように。
空高く降り積もった泡の私はぱちんと爆ぜた。
夢の中の私はそのまま空気の精になった。
† † †
現実へ戻るとお姉ちゃんと幸二君が二人だけで楽しそうに話をしていた。
私はそれを声もなく見守っている。
幸二君の目には私は映っていない。
私は空気になったのだ。
(了)
海に降る雪のように 楠樹 暖 @kusunokidan
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます