愛し、愛され

#1

 まぁるいスープ用のスプーンで、さほ子はクラムチャウダーをかき混ぜる。

 山の手にある、小さなカフェに、彼女はいた。下の子と、一緒だった。

 ベーコンや、玉ねぎや、あさりのむき身が、とろみのある乳白色のスープのなかから、ひょろりと水面に顔を出し、また沈んでゆく。

 くるくると、スープをかき混ぜながら、ふうふうと、口から息を吹きかけ、スープの温度を冷ましている。


 三月初旬の午後三時。

 真冬の底からすれば少しは暖かくなったものの、まだまだ寒い季節だ。上の子の幼稚園の近くまでクルマで出向き、下の子とカフェでおやつの時間だった。

 カフェの「今日のランチ」がクラムチャウダーだったので、さほ子は迷わず、それを注文した。下の子の好物だ。

 ふたりが差し向かいで座るデーブルは、窓に面しており、冬枯れの山の手の坂道が見渡せた。

 冷めたスープを下の子のほうにおしやると、彼はまだ慣れない手つきでスプーンをにぎり、大好きなスープをすすりはじめた。

 さほ子はトートバッグからよだれかけスタイを取り出すと、下の子の首にそれをかけてやった。

 彼は口のまわりを乳白色のスープだらけにしながら、両手にとってのついたカップから夢中でスープをすすっている。

 春先の、真冬とは明らかに違ったやわらかな午後の日差しが、表通りを背にする彼の背中から当たっている。細く、やわらかな彼の髪にその日差しがあたると、明るいブラウンに、その髪は輝く午後の日差しを背に受けて、下の子の輪郭は金色のふちを描いたように、きらきらと輝いていた。さほ子はしばらくの間、そうして優しい光を受けながらクラムチャウダーをすする息子を、黙って見ていた。


 さほ子自身のオーダーは、紅茶だった。

 台湾でとれたアッサムティー。澄んだ琥珀色に輝くそのお茶を、サービスで出された3枚のビスケットともに、彼女は飲んでいた。

 息子の背中の向こうの坂道は、かわいらしい商店が並んでいる。信号機のある交差点がその手前に見えた。赤信号で止まったクルマは、屋根を開け放ったオープンカーだった。この寒いのに、酔狂な人だ、とさほ子は思った。

 すぐにそれが、博人であることに彼女は気づいた。


 驚いた。


 あれから一年以上の時間が経っていた。

 皮のジャケットに、パーカーをあわせた彼は、やはり普通の勤め人には見えない自由な雰囲気を持っていた。

 午後の遮光は、ガラス越しに見える博人の髪も、ブラウンに染めていた。彼は、ひとりだった。

 そして、彼は何気なくこちらを向いた。

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