#2
さほ子は、博人の手をとった。大きく、温かい手のひらだった。
博人はその冷たい手に、驚いた。さほ子は自然に彼の手をとると、博人の着ていたダッフルコートのポケットの中に、ふたりの手を差し込んだ。
「寒いんだもん」と、彼女は言って、小さく微笑んだ。
博人は苦笑を返した。
ふたりはベンチに着いた。
そこに腰を下ろして、港を見下ろす。
左右の腕を身体の前に伸ばし、両腕で円を描くような形に伸びた半島。その両腕に抱えられるように広がる、湾。外洋から守られて、波の穏やかな港が広がっていた。
貿易港でもあり、軍港でもあるこの港は、冬の弱々しい午後の日差しを浴びて、金色のゆるい逆光の中にあった。
おだやかな波がいくつも陽光を照り返し、ふたりの顔をきらきらと染めた。
さほ子も博人も、その緩やかなまぶしさに、目を細めた。
「ねぇ?」とさほ子が口を開いた。
?、と博人は彼女の横顔を見た。
片手をかざして、ゆるく目を射る光をさえぎりながら、その美しい横顔の女は、言った。
「いまでも、あたしとセックス、したい?」
さほ子には、他に、選べる言葉がなかった。
いつかのように、言外に博人に抱かれたい気持ちを込め、言葉の外で彼を操るようなことは、もうできなかった。
かといって、いつかの軽口のように、その言葉を言うこともできなかった。
自分にとって都合の良くない時間を選び、ホテルなども近くに全くないここを選んだ彼の言動を見ても、彼がもはや、いつかのように、彼女を求めていないのだ、ということがさほ子にはわかっていた。
わかっていた。
わかっていたけれど、その気持ちとは関係なく、さほ子は自然にそう、口に出していた。
冬の海が、金色に揺れていた。
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