#3
そして。
いささか冷えた身体を意識したときだった。
彼女からメールが来た。
『こちらこそ、どうも、ありがとう。
とても優しくしてもらえて、嬉しかったです。
また今度会いましょう。』
それを読んでももはや、以前のような時めきはなくなっていた。
言葉の裏を読み、このメイルを打つ彼女の様子を想像し、こころの動きを推察する必要を感じなかった。
これでいいのだ、と博人は思った。センチメンタルになっているのではない。ひとつの、いささか常識離れした恋が終わったのだ、という実感があった。それはズシリと重く、それなりの空虚感を伴ったけれど。彼女のそのすこし月並みな言葉たちが、彼に静かな幕引きを自覚させたのだろう。
ペニスが勃起しないというハプニングは、そんなに大したことではないのだ、と博人は思っていた。事実、それが原因となっていまのこの虚脱感が生まれているのではない。それはあくまできっかけであり、示唆に過ぎない。この恋は、絵に描いたように美しい片想いの恋だったからだ。彼が勝手に恋焦がれ、燃え盛り、それを打ち消すために他の女性をも巻き込んで狂おしくもだえた嵐のようなものだった。しかし明けない夜がないように、嵐もいずれは過ぎ去る。燃やすべきすべてを燃やし尽くした時、火事がおのずと鎮火するように、博人の恋心はしぼんで消えて行った。
音もなく揺れる夜の海面を、新市街の埠頭から見渡しながら博人は、これからどこへ行こうかと思っていた。
恋の終わりを手のひらの中で弄びながらしかし、次に一体何をしたらいいのかがちっともわからなかった。
それが彼を思いもかけないドラマに導くことなど、すこしも考えずにいた。
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