キッチンのシャボン玉

#1

〔また会いましょう〕、というさほ子からのメイルに、博人は一度目は返事をしなかった。

 腹立ちからではなく、意味がよくわからなかったせいと、多忙だったせいだ。

 それから数日後、昼間のなんと言うことのない時間に、二通目のメイルが届いた。〔お時間を、取ってください〕

 彼女にしては、珍しいな、と博人は思った。こんな風に、誰かにものを頼むようなことを、普段の彼女はしない。さほ子とは、ぜんたいそういう女だった。彼女にとっての依頼は、依頼という文法で形成されているものの、それは上品な命令であるからだ。

 そして博人は、それが間違いメイルである、という可能性を思いついた。

 あの人、とさほ子のいう、婚外の恋人は、さほ子の弁によれば、とても素敵な男性で、彼の前では彼女は多くのことを取り繕えなくなるのだ、と聞いたことがある。そうか、あのややもすると居丈高な雰囲気のある彼女も、その恋人の前ではこんなにしおらしく、可愛らしくなるのかと思った。以前の自分ならば、普段は感じることのない嫉妬を覚えただろうな、と微苦笑とともに博人は思う。しかし、きれいに気持ちの途絶えてしまった今、彼にできるのは、親切さだけだった。


〔こんにちは。久しぶり。

 先ほど、メイルを受信しました。


 > お時間を、取ってください

 

 誤送信かな?

 こちらはいくらでも時間を取れますが(笑)。


 元気ですか?

 ぼくはすこしバタバタしております。

 あなたも元気だといいのだけど。

 すっかり冬の気配だけれど、ご自愛ください。

 H.〕


 時間が取れる、というのは冗談のつもりで、彼は文章をつづると、メイルを送信した。

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