#2

 博人。

 あの日、あの人と路面電車に乗って、旧市街の外れの小さな可愛らしいホテルに行った。クルマではなく、路面電車というのもなかなか趣があったし、街の寒さともよく調和していた。

 そこで博人を見た。

 若い、とても美人の女性と一緒だった。腕を組んで、肩を寄せ合い、路面電車のホームに立っているふたりを見れば、彼らがたったいままでセックスをしていたことは一目瞭然だった。彼女は揺られる電車の中でそれに気づき、そして気持ちが切り替わるのを意識した。まるで、ホームに近づいていく路面電車のレールが切り替えられ、いままでと別のレーンに車両がするりと移動するみたいな気分だった。


 時々、何ということのないメイルを送ってきては、彼女の機嫌を伺う博人。

 言外に、「忘れていないよ」とサインを送られていたのは判っていた。その面目をつぶさず、さりとて必要以上にこちらへなびかせぬよう注意を払いながら、気まぐれにメールを返した。


 近づきすぎず、踏み込まない距離を保ちつつ、彼は上手にさほ子の意識の外縁にとどまり続けた。

 あの人との時間を重ねるたびにしかし、彼女はそのまぶたの縁にとどまり続ける博人のことが、いささか億劫になってきていた。その存在に「執着」というニュアンスが見え始めたからだ。もっとカラリとした、気持ちよく乾いた関係であったはずなのに。どうしたことだろう?


 そしてあの日。

 美人のガールフレンドと一緒の彼を見たときに、彼女は気づく。

 そうか、そうだったのか、と。

 そして彼女は次の日、彼に久しぶりにメールをした。会う約束を取り付け、時間や場所の指定をしながら、言葉の外でセックスの希望を込めた。彼に、抱かれてみたくなった。

 そして約束の日。

 彼は彼女の意をきちんと汲み取り、丁寧に上品に彼女を誘惑した。正確に言えば、彼女が敷いたレールの上で、ステップを踏み外すことなくアプローチし、口説き、ベッドにまで連れ込んだ。

 彼のペニスが勃起しない、という想定外のハプニングはあったけれども。


 小さくうなだれた小ネズミのようなペニスを、ベッドの中で彼女は指先で触っていた。

 数多くの男と寝てきたさほ子にとって、意外なことだが、それは初めての体験だった。

 全ての男は、洋服を脱いだ彼女に欲情し、ある男は獣のように、またある男は紳士のように、しかしどちらも最後は同じような原始的な行為に及んだ。

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