EP.04 - 2

 王立シルウス学園。生徒数100人と多いようで少ないクラスの中、魔法使いである彼らが在中しているのは7割だという。


 そんな学園生活が始まる一方で、住むことになった【スミス荘】でルームメイトの林道(りんどう)言葉(ことは)(以降、コトハ)と魔法使いにまつわる世界へと入り込んだ。


 この学園に入るきっかけとなったのは長年相談員のリコト先生から推薦されたことが始まりだった。


「特殊な体質上、親御さんが進める学校よりも私はこの学園を進めたいと思うの」


 リコト先生はぼくの体質のことをよく理解してくれるいい先生だ。紫色と緑色を染めたポニーテールの髪型をしている。医者のような白衣を着込み、夏用のスーツを内部に着込んでいる。


 リコト先生が進める学園は、ぼくと同じような体質の人たちが通う学園で、普通の学校や学園よりも他人と打ち解けやすいとわざわざ調べてきてくれたのだ。


「ぼくは……いいとおもいます」


 生半可な返事で答えるぼくにリコト先生は「自分のことなのよ」と訊かれ、「正直言ってよくわかりません」とぼくはあきらめたかのような返事を吐いた。


 リコト先生は「うーん」と難しそうな表情を浮かべる。


 ぼくをまじまじと見つめた後、「この学園には魔法使いが在中しているという噂なのよ」と間をおいてから学園の詳細を述べた。柔らかい口調で。


「在学中の生徒は100人弱。教師の数は10人と満たない。全体で魔法使いは7割近くいる。実はわたしもね、そこ出身なんだ」


 リコト先生は席を立ち窓辺に向かっていき、空を見上げた。


 青く海のように染まった空、白い雲などひとつもないほどの晴天。太陽がぎらぎらと光り、水のように光を反射しリコト先生の上半身へと注ぎ込む。


「…先生…もですか?」


「ええ、わたしの出身学園。当時は魔法使いが1割も満たなかったけどね。みんなからは特別扱いされて、魔法使いだと知るとみんな、よってきて大人気だったな」


 昔話を語るかのように遠い過去の記憶の糸を引いて、寂しそうで楽しそうに語った。遠い過去の記憶。思い出。かけがえのない若い時代。


 涼し気に言ったつもりだったが、ぼくはある単語だけ意識してしまった。


「……目立ちたくない――」


 ぼくは大人気という言葉を嫌っていいのけた。最後に「です」とつけたかったが口がもごもごとしてしまい、最後までいえなかった。


「そうね、みんなもそうだったわ。でも、私はある魔法使いだったことで目立っていたのよ」


 あることって?


「私はね、学園で【相談の魔法使い】と呼ばれていたの」


「相談の魔法使い?」


 魔法使いが相談を乗っているのかそれとも相談事を作っているのか単純的な矛盾的な言葉がぼくの脳裏をこだまさせ、混乱に陥れるかのようにぼくの意識が傾く。


「人の話を聞いて、その人が悩んでいることを解決していく……そんな魔法使いだったのよ」


 ニコッと笑った。リコト先生が笑うなんていつも雰囲気がどこか静かで笑っても楽しくないようだった。この時だけはひまわりのように満開だったようにも見えた。


 リコト先生が魔法使いだったなんて、いままで聞いたことがなかったのに…。でも、魔法使いだって言っても信じる人はいないだろうこの世の中では。もっぱらバカにされるか嫌悪されるかで人間不信になりかねない。


「それで、わたしは自身がついたの。学園を卒業後、みんなを助けて上げれるようにって――」


「だから、相談員の先生に?」


 ぼくが口をはさんだ。先生はそうだよって言った。


「それじゃ、その学園は楽しかったの?」


 震える口にぼくは、その学園に期待の胸が震わせているのを心臓の鼓動から心へと伝わってきた。その学園がリコト先生をそこまで相談員へと導きだしたほどという学園に行ってみたいと心底高鳴りしだしたのだ。


「ええ、毎日ね」


「……ぼくも、通うことができるのですか?」


 恐る恐る尋ねる。偏差値や体力も人並みに劣るぼくに、そんな魔法使いが通う学園に入れるなんて相当思えない。目の前で破かれてさよならといわれるかもしれない。


「大丈夫よ、わたしが見るからに史郎(しろう)くんは、素質がある。わたしが見てきた中で、一番合格点に達しているわ」


「ほ…ほんとう…ですか」


 ぼくは再び震えた。リコト先生の言葉が波のように強くぼくの背中から押されている感じがする。荒波に飲まれようとしているぼくにそっと手を引き上げてくれるかのような、暖かい手。ぼくを後押しする感覚が身に染みてくる。


「わたしから推薦状届けておくわ」


 そう言って、用紙を机の引き出しから一枚取り出し、その学校宛てにペンで書きだす。リコト先生は「明日には届くから」といい、ぼくは明るく返事をし、家に帰った。


 翌日、シルウス学園の招待状が届いていた。場所は聞いたこともない地名で何語で書かれているのかわからないし見たこともない文字で書かれていた。


 けど、読める。不思議と。見ただけで頭にすっと暗記したかのように写紙が投影していくのを。


「場所は……イカイガク地方シルウス学園。16番地」


 そう口にした途端、まばゆい光に包まれた扉が出現した。部屋の中にもうひとつの扉が姿を現したのだ。さきほどまでそこに壁だけだったのが、光が集まっていくと瞬きの一瞬で扉が現れたのだ。


 ぼくはその扉の取っ手に手をかけると、その先には広大な緑畑が広がる丘のような場所に出た。


 全身の疲れが取れるかのような爽やかな風が通り抜けていく。丘から見える風景は中世時代の田舎を促すかのような畑と丘、まばらな家、そして山の頂上付近に立つ大きな白い建造物。


「……あれが、シルウス学園」


 胸の高波とともに後ろへ自然と振り返った。


 入ってきたはずの扉が消失しており、なにもなく。ただあるのはどこまでも広がる地平線だけ。まるで人口か魔法かで作られたかのような絵でかいたような空と平坦な緑の草の絵が扉があった先を描いていた。


「これって…いったい…」


 唖然とするぼくにもうひとつの衝撃が走ってきた。


 どうやって帰ればいいのかということ。


「ちょっとまって!!」


 ぼくは慌てた。入ってきた扉はいつの間にか消えてしまい、残されたのは見知らぬ土地。しかも日本ではなくどこか海外のような場所。そんなところにおいていかれたぼくはひどいほど焦っていたのかもしれない。取り乱していたのかもしれない。


 ひとりの少女に声を掛けられるまで、ぼくはその辺で一人芝居していたのだから。

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