EP.03 - 2

 異なる世界は幾度と存在し、数えきれないほどの世界が存在している。異世界(次元)を超え、旅する者を【異世界旅人】と呼ばれた。


 シンと呼ばれる異世界。

 妖精、エルフ、魔物、ゴブリンとファンタジーのような種族たちが各国に分けられ平等に暮らしている。平穏で他国と争わらない条約を数千年前の(カビが生えた)条約に基づき、平和を保っていた。


 他国との争いで人が大勢死ぬ――とまではいかないが小さないざこざがたびたび起こっていた。少年もまた、この地に移動して5日経過したが、【旅人】としての異様な視線は変わらなかった。


「条約が結ばれ、数千年…他種族が寄り添ういい町だが、異なる人種がいざこざの原因となることはどの世界へ行っても変わらない」


 木の板で四角に囲んだ窓枠。空は雲っている。人が毎日いざこざで死ぬ国。ちょっとした口喧嘩で死へと発展する暴力な人々。他種族を睨みつけ嫌い、時には好きでもある彼らの視線はまるで空と同じ色に染まっている。


 小さな部屋。畳3畳ほどの部屋。ベットが1つ、服を3着ほど掛けれる程度のタンスが1つ。木の床、木の壁。ヒノキのような香りが部屋中に広がっているが、湿気交じりの臭いもまた鼻をくすぐる。


 窓の外は一面とはいかないが、門から広場にかけての道通りが見える。左右には幾つかの商店が繁栄されており、人々が行きかう。店の大きさは小さい露店もあれば、品ぞろえが豊富な店もある。飯用のために家を開けているものもあれば、外で食べられるように家で調理し、玄関前に広い机を設け、人々に飯を与えている店もある。


 言語は共通語が用いられ、少年もまたこの世界の言語もユキコさんの【通訳草】によって理解している程度。【次元を渡る能力】と【言語を聞き取れ、話すことができるアイテム】を引き換えに、【珍しいものを贈る】条件で契約している。


 数は問われない。なるべくなら一つに絞り込み、その世界でしか得られないものだけを選ぶこと。慎重に選び、一度だけの願い。


 もし、ユキコさんが断ったら、また別のものを探すだけのこと。世界に居れる制限時間はない。いつ旅立っても居座り続けてもいい。ただ、願いが遠のくだけ。


「今日は、隣の町に行ってみようと思うんだ」


 窓枠にかけられた小さな鏡に向かって話しかける。鏡に映し出されている相手は店主ユキコさんだ。鏡ごしでも水辺でもある程度の魔法を与えれば、通話することだけ可能だ。無制限ではないけどね。その世界にいて4回までしか会話ができないし、使えない。物を贈る際も消費する。対話も使う際も慎重にしなければならない。


『期間は無制限とはいえ、長時間居座り続けない事ね』


「わかっています」


 にっこりと笑みを作る。


『――ひとつ、わたしから頼みごとがあるの』


 重たい口を開いた。


「ユキコさんから?」


『ええ、不満かしら?』


「いいえ、珍しかったので」


 ユキコさんから頼みごとがあることはめったにない。対価として契約を果たす彼女から自ら頼み事――対価を差し出すことは珍しい行為なのだ。


『その世界に、迷い子がいるの』


「迷い子……ですか」


『同じ境遇に近いかもしれない。できれば旅の仲間としてどうかなと思って』


 同じ境遇…同じ対価を払った人なのかもしれない。ユキコさんに対価を払って契約を結んだ人は数えきれないほどいる。ましてや次元移動する人は限りなく少ない。


「その子の名前と特徴は?」


『名前はフェルフ・アリシャ。変身得意な少女よ。特徴は栗色の髪、大きなリボン……それだけよ』


 変身得意な少女フェルフ・アリシャ。特徴は髪色と大きなリボンのみ。素性もどこにいるのかも不明。ユキコさんがわざわざ頼み事をしてくるということは、今後の旅で何か大きな出来事に対して全うできる人物であること。


 すなわち、仲間にして損はない人物。


「わかりました。見つけたら聞いてみますね」


『そうよかった。私からも伝えておくわ。彼女、今後の予定迷っているそうだったから』


 コンコンとドアがノックされた。宿屋の店主が来たのかもしれない。鏡に手を振り、ユキコさんとの会話を切った。「どうぞ」と言葉を発し、ノックした人物が現れた。


 金髪。宝石のような青い瞳。手のひらほどの大きさの青く透き通るような結晶がついた杖を片手に握る青少年の男がたっていた。


 へにゃんと柔らかく表情を崩した気弱でやさしそうな男がいた。


「どうも」


 男は挨拶をする。どうも抜けているかのような口ぶりに思わず肩の力が入る。


「ちがうちがう、敵じゃないよ。ユキコさんから聞いていない?」


「ユキコさん……?」


「あー、話し違うかな…でも俺の魔法だと君を示していたから間違いじゃないはずなんだけどね」


 指を唇に当て考え込む。表情がつかめない顔つきに思わず腕に力が入る。殺気も敵意もない。ただ、どうして初対面の相手にそこまでそんな顔を見せることができるのか想像できない。


「ユキコさんから、君にあって、少女フェルフと合流するって約束していたんだ」


 信用がない。冷たくにらみつけるかのように敵意を見せる少年。


「あちゃーやっぱり信用ないんだな俺って…まあ、ユキコさんに訊けばわかるよ。ほら、話し伝えておいたよね」


 先ほど使っていた鏡を使って、丸く指をなぞる。かすかな光が発していることから魔法のようなものを使っている。少年が使う魔法とは異なる魔法のようで、呪文も詠唱もない。ただ指でなぞっていくだけ。


「ユキコさん、ちゃんと伝えた?」


『あら、その声はクロウ・リバインね、ひさしぶり』


「お久しぶりです。といっても話してまだ1週間しかたっていませんがね」


 柔らかくふにゃらと笑っているクロウという青少年。


『次元の通り道からしてまだ先だと思っていたのだけど、意外と早いわね』


「ええ、俺は転移魔法使えるから、期限も時間も関係ないから」


 転移魔法が使えるのか? 対価なしに? この男…何者なのだろうか。


『事情はあなたから伝えてくれるかしら』


「わかりました――――」


 事情を説明してくれた。この先の旅で一人だと何かと難しいことが多いということを聞かされた。次元を旅していく中で突然送信が途絶える人もいるとかで行方が分からなくなることが多くなったという。


 そこで、近い次元にいる旅人を集結させて一緒に旅してみることにするという方法をとったそうだ。いま、クロウとフェルフはちょうど同じ次元にいることから、この機会だからちょうどいいと思って判断したそうだ。


 近くにいる人でもう一人いるそうだが、その人物は少し危険人物らしい。単独で会うのは厳しいのと死人が出るとのあったので、先に合流を果たすことにしたらしい。


「――ということなんだ、しばらくの間だけでいい。一緒に同行できないかな?」


「ぼくは別にかまいませんが」


 少年ははっきりといった。敵意も殺意もないましてや魔法が使える。魔法が使える人もまた少ない。少年にとって損という部分はクロウの性格以外とくにないと判断したようだ。


『では、同行者として、これからの旅も贈り物も豊になりそうね、では――』


「俺の魔法でユキコさんとの通話時間は短いんだよね」


 鏡に向かっていい、鏡を棚の上へと下ろした。クロウは相変わらずのほほんとしている。


「これからどうするの?」


「ぼくは、別の町に行ってみようと思っています。この町はもう調べましたので」


「俺はまだ今日来たばかりだったけど、道しるべの魔法だとキミ以外反応ないんだよね。他の町へ行ってみるかー」


 新たな仲間が加わると同時に、この青少年の素性がまだはっきりと理解できないまま、旅の同行者として加わった。


「キミの名前、聞いていなかったね」


「ぼくの名前は○○」


「んー…聞き取れなかった、もう一度」


 少年は振り向き、黙って廊下に出た。青少年は困った様子で「あら、怒らせちゃったか…まーでも、あれはちと難しいものにかかっているみたいだね」とクロウは不敵な笑みを浮かべた。


 名前を語れない呪い。あの少年は誰かによって名前を封じられている。その呪いはおそらく、この世界にいたときにかけられた。


(この呪いを解くことができれば、あの少年も信用してくれるかな…)


 クロウはひそかにそう考えながら、少年の後を追った。

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