異世界旅行
EP.03 - 1
「――願いがある」
ひとつの願いが対価を引き換えに、あるべき場所へと歩く。例え、苦しくても悲しくてもくじけそうになっても、叶えなければならない願いがあるから――少年はただまっすぐ歩き続けるのみ。
ひとつの国境を越え、雲よりもはるか高くそびえたつ塔がいく先に少年を追うようにいくつも同じ姿をした塔が見えてくる。どれも窓から光はなく人気がない暗くて湿気がある窓が太陽の影となってうっすらと見える。
「――ここは、少し寒いな…」
かれこれ20日絶った。
旅をしている。様々な人と出会い、文化、生活を知る。そのたびに追うこともある。旅をしていてわかることとその街に残らなければわからないこともある。
少年が旅をしているのは“願い”を叶えるため。それも強大でなおかつ、普通の人間では生きている歳月をかけても叶うことさえできない願い。
少年はある場所で、願った――そして、少年が得た答えは【願いを叶えるための対価】だった。
「旅の人ですか?」
少年は立ち止る。誰かに声を掛けられ周囲を見渡す。人影は誰一人なく、ただ声がした。
「ここだよ」
声がした方向へ目を向けた。少年よりも背が小さい子供だった。灰色のフードを顔まで隠し、目は見えない。はっきりとした姿が見ることはできないが、子供らしくないような声を上げた。
「旅の人ですか?」
もう一度問うた。子供の声は濃く老人に近く枯れたような声。なおかつ響はおじさんともいえる年齢だろうかそれぐらいの高さだった。
「ああ」
少年は坦々と言った。しっかりとした返事ではなくただ安易に返す言葉を選んだ。
「どこから来たんですか?」
「あっちの方」
指をさし、来た方向へ体を向けた。大きな壁に覆われ雲を貫くまで高く積まれた石のようなつくりの国境。入口は小さく、大人でも通れるかどうかわからないぐらいの大きさ。
入港手続きは厳しくなくなおかつ優しい。
この世界は、人を憎むことも差別することもなく、ただ通すだけ。恐ろしい人相でも武器を持っていても国境の人はただ通す、それだけの仕事だ。
「ふーん。旅の人もぼくといっしょかー」
うわべのような返事する。少年にもう少しはっきりとした何かを期待していたようだが、少年の耳にも心にも届かなかったようで、最後らへんにはガックリと肩を沈めていたのが見えた。
「君は、どこから来たの?」
「さっきもいったけど、君と一緒だよ!」
少し怒ったような口調で言う。同じことを何度も言わせるな。そんな顔をしていた。少年は「すまなかった」と謝った。心から謝ったつもりだったが、子供は「もういいよ」とご機嫌斜めでどこかへと走り去ってしまった。
「聞いてほしいことがあったのに――」
走りながらそう聞こえた。子供の声…おじさんの低い声なのに、はっきりと聞こえた。ここは無音に近い。風は吹いている。雲も空も。けど、風という音がしない。
この世界は風という感じは肌にさするかのように通り過ぎていくのに、音だけがしない。不思議でいっぱいだ。この世界は、風という存在を知らない。
雲を動かすのも空の光色を変えるのも天の助けによって変えているという話を聞いた。作物の種を運ぶのも天の助けだって。風という単語もない。
「怒らせちゃったかな」
少年はやや戸惑い。このまま当てもない旅を続けるか子供の後を追って道草を食うか。二択の選択肢ができた。これも偶然か必然か。少年が選んだのは道草を食うことだった。
「待ってよー」
少年は走り、子供を追った。子供の足取りはそう早くはない。すぐ追いつくはずだった。
「そういえば君の名前、教えてもらっていなかったよ――」
少年は足を止め、ハッと目を丸くした。目の前にいる子供は子供であって子供じゃないと。禍々しい殺気が子供という体を通して伝わってくる。気配、息遣いも子供というものじゃない。
子供から一歩下がる。目の前にいる子供は違う。
「誰だ」
子供はぐるりと方向を変え、少年を見つめた。
その顔はのっぺらぼう。しかも大きな茎のようなものが足からぶら下がっている。どこかへとつながっている。フードは子供という形を隠すためだったものらしい。
「偽物か!?」
少年は剣を取った。手と手を叩く。右手から剣の取っ手が現れ、左手につかむ。一気に引き抜く。水のように液状なものが右手からあふれるかのように引き抜かれる剣。剣の先端が出るころには、右手の水も現れた傷の跡もなくなっていた。
「旅の人ですか? 旅の人ですか? 旅の人ですか?」
「――こだまする。そうか、これがこの国の――」
少年は子供のような姿をした怪物から逃げるようにして剣を振り、地面から現れたツタを切り捨てる。ツタは少年の体を押さえつけるかのように何度も襲ってくる。
そうか、これが原因――
この世界に入ってからすぐ近くの荷車に詰め込む夫婦と出会った。その夫婦から聞いた話がある。
『ここから北の方に行くと大きな国境がある。今は使われていないけど古い灯台がいくつかあって。昔は、見回りが旅の人が襲われないように見張っていたんだ』
男性は坦々と言い、過去のことを語るかのように静かに言った。女性も返すようにして男性の話を引き出す。記憶という箱の中から糸を引いて、記憶を引き出すかのように。
『魔物がいてね。多くの旅人が騙されて殺されていたんだ。見張りの人は大したこともできない待ち人でね、多額の給料と引き換えに魔物に襲われないように旅人へ教える役目を追っていたんだ。ところが、塔にいる人も襲われるようになってね、国は放置したのさ』
寂しそうに語る。まるで、かつてその道を通ったことがある。もしくは見張りだったころの記憶だろうか。男性の声が次第に弱弱しく聞こえてくる。
『人がいなくなって何年たっただろうか。あそこにはね、人の命を長命にするといわれる水があったんだ。多くの人々が押し寄せるうえで、魔物の命の源だったのかもしれないほど魔物の数は人よりも多かった。あるとき、子供が通った人をどこかへ引きずりこむという噂を耳にしてね、どうなったんだと思う?』
答えを期待しているのか、少年は「食べられた?」と疑問交じりに尋ねた。
『ううん違うんだ。命の水は永遠じゃない。魔物は人からでもその水に近いものを得ることができることを知ったんだ。人に生命を奪わなくても生きられる道を。それがなんだと思う?』
再度尋ねられる。
「魔力…か」
『ああ、そうだ。魔力は人の生命ともいわれる。人が生まれた時から持っている者もいればそうでもない。どちらかといえば魔物に狙われるか狙われないかの違いということだろう…か……』
男性が生きた折れたかのようにしずかになった。女性の手を抱いていたはずの手が弱弱しく地面へ落ちる。男性は目を瞑り、その瞳がもう一度開くことはなかった。
「魔力…餌…」
『あら、もう疲れたみたいね』
女性が男性を抱きかかえるかのように毛布に包まる。寒い場所だからと女性は言っていたが、手を触れて初めて分かった。この男性も抜き取られていた魔力が。
少年は立ち上がり、女性に顔を向けて尋ねた。
「もし願いがあるのなら、伺います。」
少年の例えはよかったのか、期待した言葉が来るのを予測していた。もし、願いが魔力の奪還であるのなら、その水を見つけ出す対価となる。長命の水であるのなら、男性の命も少しは長引く。いたって不利なものでも不足になるものでもない。
「……――」
女性は躊躇しつつ、少年に言った。その願いは予測したものだった。
あの言葉、魔物の存在、魔力を喰う存在。道草になるかもしれないと思っていたが、あたりだった。長命の水も手に入れば、この世界から別の世界へ飛ぶことができる。
つまり、この世界に長くいる必要はないということ。
**
「零斬!」
左手で剣の束を押さえ、右手で鞘を持つ。そして発した言葉。
敵は無残にツタを一瞬ともいえる速さで切られた。同じ時間帯に切られたのだ。子供だったものは姿――本体を表す。
大きなツリー上の木のようなバケモノだった。子供と似つかない姿かたちをした実をいくつも結び、無数ともいえる枝が命の水がある方向へと延びていた。
喰いつくす。ともいえる速さで水はみるみる小さくなっていく。長命の水は別名、不死の水とも呼ばれていたらしい。人がこぞって集まるのも無理はないし、襲われて命を落とすのも理解できる。
命の水を守る守護者ともいうべきか、化け物(こいつ)がずっと守っていたんだ。水を枯らすことなく長く生き続けるのはどうするのかどうするべきなのかこいつも長く考えた結果を出したんだろう。
この通りを通る人々から腹を満たすのは簡単だ。けど、食べていたのでは水と平等じゃない。水はあくまで水だ。人はどっちかというと食料だ。水じゃない。栄養は豊富だろうけど、水という長生きできるものは何一つ入っていない。
そこで、コイツは気づいだんだ。人には魔力と呼ばれる水と似た性質のものを持っているってことを。コイツはそれを見つけ、人の魔力だけを抜き、人が通るだけに水の代わりとして魔力を得ていた。それが災いしたのだろうか、人は魔力だけが奪われる魔物を嫌い、この道を通らなくなった。
ありつけなくなった化け物は次に子供の姿をして人に近づき、喰らう。ここを通るのは旅人だけだ。『旅人ですか?』と聞き、素直に寄ってきたもの、背を見せたものに容赦なく食らいついた。
「――そんなところだろう、バケモノ」
ツタが一本だけを残し、すべて切られ、残骸とした枝が地面からむき出しのように無数飛び出ていた。化け物は口を開けることもしゃべることもできない。ただ、意志があるだけ。
「旅人 で すか ?」
事切れになった子供の姿をした実。コイツが代わりに話していたのだろう。少年は実に近づき、尋ねた。
「さっきの話を聞かせてよ。それと、ぼくが言った解釈は正解かな?」
実はゆっくりといった。開く口はなく、ただその実のどこからともなく声を発した。
「ずっと寂しかった。ずっと一緒にいてくれる人がいなかった。水も魔力も枯葉て、結局なにも残らなかった。願った思いは寂しいものだったよ――でも、あ……」
最後の一言だった言葉が聞き取れなかった。
少年は立ち上がり、剣を収めた。魔法によって収められた剣は少年が知る別の空間へと保管される。もう一度呼びたいものがあれば、すぐに取り出すことができる。
少年は倒れた化け物から綺麗な枝を一本だけもらい、ある一滴ほどしかない水をカプセル状のボトルに入れ、夫婦がいる方向へ帰った。
**
「結局、残ったのはこの枝だけ。約束とはいえ、あの水はせめてユキコさんに渡したかったな……」
店主ユキコ。取引した相手だ。願いをかなえてもらう条件に対価として【異世界で得た特別な“もの”を贈る】を条件に異世界を渡る術を得た。
願いは異世界を渡っていけば必ず見つかると、店主ユキコは言っていた。きっと、見つかる。見つけれるはず。あきらめなければきっといつか見つかるはずだ。
『あら、もう次の次元に行くの?』
水に映し出された黒髪の女性。桜色の着物を見て、優雅に赤やけに染まった空を見つめる美しい女性。少年がつい先ほど送ってすぐ、連絡が入った。
「ええ、先ほど送った枝(もの)は届きましたか?」
『ええ、興味深いわ。それに、長命と意思が宿る枝。育てたらきっと面白いことになりそうだわ。異世界転移を許可するわ』
「ありがとうございます」
ボトルに入った枝を興味深く見つめながら許可が下りた。別世界へ渡るには彼女の許可が必要。たとえ、特別なものが手に入っても、彼女が気に入らなければ許可が下りない。難しいものだ。しかも、その世界の衣服や通貨も自分で稼がなくてはならない。
ユキコさんがしてくれるのは【願いと対価】。異世界へ渡る術を提供してくれるだけ。ぼくがやるべきことは願いが叶うまで異世界へ渡り歩くこと。この魔法や技もすべて元から持っていたものだが、対価の価値によって得るものの素質(レア度)が変わる。
それも楽しみのひとつ。世界といっても様々なものがある。過去に行くか未来か別の世界かそれは行ってからのお楽しみ。
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