EP.02 - 2

 英雄リベル、英雄ロゼ、英雄カディア……――英雄の名前は数多くいる。英雄の名前はみな、知っている名は違う。同じ人物を当てているが本当の名前を知る者は五本の指に入らないほどしかいない。


 偽名を用いだ名前を使用したのは英雄の能力が原因だ。


 それを知る者も数少ない。また、知ったとしても、他人に漏らすことはしない。されない。なぜなら、みんな知ったものはいつのまにか消えているのだから。


==


 騎士団が指定された場所へひとりミククは向かっていた。リベルに託された剣を大事そうに抱え、急いで家を出た。大事な日なのに、緊張のためか、眠れなく結局朝方に眠ってしまい、遅刻ギリギリで目が覚めてしまったという事態になった。


 仕度する暇もなく、剣と少ないお金だけもって、家を出てしまった。


「いけない! 食料と手紙持ってくるの忘れたわ」


 自宅からすでに山をひとつ超えてしまったところで思い出した。団員だっていう証の手紙ともしものための食料も含めて机の上に前もって用意しておいた荷造りが置きっぱなしだった。


 いまから戻るにも時間が足りなくなる。


 騎士団は遅刻厳禁。もし、忘れたからといって後を戻ったら、それこそ夢がたってしまう。


(仕方がない……団長に報告するしか……)


 騎士団がまつ場所まであと数分とかからない。団長に申し出て、自宅から持ってくるように言えば、なんとか許してくれるかもしれない。遅刻して忘れ物をとってくるより遅刻せずあとで忘れ物を持ってきた方がいい。


 そう判断して、ミククは集合場所へ走った。


**


「いやはや、すっかり道に迷ってしまったなご老人よ」


 木々に囲まれ、道もすっかりとなくなってしまった。大きな岩場に腰かけ、地図を見ながら黒猫に話しかけている不思議な男がいた。


「お主の悪い癖は本当に治らんな。若返っても変わらないのはもはや、死んで一度転生しなおした方がいいのかもしれん」


 黒猫がにゃーという。愛くるしくふるまい、男の又にのる。


「そうはいわんでくれ。これでも少しはまともになった方なのだよ」


「どうだかな」


 地図をじっと見つめ、途方にくれたご様子の男にあきれ返る黒猫が男から離れ、草むらに身を隠す。


「おやおや、ひねくれてしまったかな」


「ちがう、トイレだ。おろかもの」


 黒猫はにゃーと鳴き、草むらのなかでガサガサと草葉を揺らした。


「さて、地図はもう使えなくなってしまった。はて……ミククに会いに行くにはどうすればよかったのだろうか…。なあ、ご老人よ」


 男は黒猫に尋ねた。


 ご老人…おそらくこの黒猫のことだろう。


「ソナタはトイレ中である吾輩にもゆっくりとさせない腐った大人と同じなのか」


 ひどいいい草だと言った。


 地図を強引にカバンへつっこみ、立ち上がる。


 背伸びし、木の頭ですっかりと太陽の光も遮られてしまった木々を見つめ、さわさわと風が揺らぐ木葉の音に耳を向け、静かに深呼吸をした。


「はてはて、ご仕度はできたようじゃな」


 トイレを澄ました黒猫がようやく待たせたなといわんばかりに走ってきた。岩場に乗り、男とともに背伸びをし、両足でたつ。人間のように二足で岩場に力をいれ、立ち尽くす姿は人間そのものだった。


「魔法を取り戻したのは何年前だ?」


「んー…8年前かな」


 もう一度背伸びをした。


 黒猫はそうかとため息をはく。


「一度戻っちゃうと、記憶も能力も使命もリセットされちゃうからね」


 男はゆうゆうと告げる。


 大きな魔法陣が男の足場から展開し、岩場を含める範囲で魔法陣が取り囲んだ。上下に頭上と足場に。黒猫も同様に魔法陣を男と同じかたちで固める。


「転移魔法(レグラム)と目標魔法(タグラム)をふたつ使うのは骨が折れる。吾輩の体がごっそりとやられぬように、お主の力を7割もらうぞ」


 黒猫はぷるぷると震えながらそう申し出た。


 両足で長く立ち続けるのは正直言って、辛い。死ぬほどつらい。


 おどろけな二足に負担をかけるのはこの先、脚を動かすこともできなくなるのかもしれない。黒猫は男を見つめ、態度を問いかける。


 男は頷いた。


「では、二連続(ダブル)魔法を唱えるぞ。座標は吾輩に、おぬしは二人分の転移魔法で頼むぞ」


「了解」


「では、いくぞ」


 黒猫の唸り声を上げると同時に魔法陣は光った。まぶしい白い光が森を埋めるかのように真っ白なドーム状の光がつつまれていった。 

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