EP.01 - 6 ダンジョン
ダンジョン――モンスターの巣窟であり、人が決してむやみに立ち入ることがない危険区域。日々、構築されるダンジョンはまさしく迷宮といっても過言ではない。
沼地、火炎、洞窟、森林、浜辺と様々な地形を作り出してはモンスターたちが巣窟としている。
まさに生と死が縄のように絡めるそんな場所に子供一人が乗り込むなど考えられないものだ。
武器があるとしても、食料や薬なしで潜り込むなんて死にに行くようなものだ。俺は飛鳥に共感を求めて訴えた。
「どういうつもりで単独で入ろうと思ったのだろうか…」
「ダンジョンは、人にとって憧れの地もあるから、興味があれば簡単に入れるし、戦うこともできる。けど、風来の人しか知らないこともある」
飛鳥は一旦、間を開けてから話す。
「一度ダンジョンに入った後は、入り口は閉ざされ、出口にたどり着くまでは一切出られないの」
俺は緊張が走った。
子供が単独入ってから、なぜ誰一人探すという行動に出なかったのか疑問だった。ゲームでも同じだったが、子供か大人が入っていっても、他の人は誰一人助けようとも止めようともしなかった。ゲームだからシナリオや制限があるのはよくわかる。
けど、この世界はゲームじゃない。似た世界だ。
それなのにダンジョンの入り口をわかりやすく放置し、扉も見張りもない。誰かが入って行って誰も気づかないまま死んでしまうことだっておかしくはない話だ。
俺はこの世界にきて、ダンジョンというものを広く世間に教えてやらないといけない。そんな風に思いが湧き出てしまっていた。
「それにね…」
ほらっと言わんばかりにある場所へ指さす。
地面の上。俺らが足をついている場所のことだが、数歩進んだ先に〈おにぎり〉が落ちている。
(……!!?)
思わずどう反応したらいいのかわからず表情が固まってしまった。
なぜ、おにぎりという生ものが地面に置いてあるのか意味不明だ。飛鳥はおにぎりを拾うなり、口にしていた。
「飛鳥さん! いったい何を…」
「おいしい。食べる?」
俺はこの世界の感覚が元の世界の感覚を狂わせるようななんとも言えない不快感か不気味感が漂ってきた。地面に置いてある生ものを消毒や腐っていないかどうか確認せずに口に入れるという故意を俺は決して理解もできない思考回廊に包まれた。
思考回路といわれる脳の研究部室に黒くあくどい理解不能と伝えられる煙に研究部室が覆われていく。思考回路がギギギといいながら回路が故障していく音が頭の中で鳴り響いてくる。
俺は一旦、考えるのを止め飛鳥に尋ねた。
「えー…と、おいしいというよりも、なんで確認せずに口にしたの?」
俺の問いかけに飛鳥は困惑した。
「え…? だって、ダンジョンの落ち物は基本安全で腐っていたなら、腐っていたって事前に伝えてくれるし…」
俺の思考回路は完全に止まった。
飛鳥が俺を呼びかけるまで俺は、ゲームの世界のなかの常識をこの世界に反映しようとしている自分がいたことを。俺は、元の世界の考えではこの世界では通用しない。ここは、ゲームの世界と似た世界だ。
俺は「ゲームの世界を認識しろ」と何度も唱えていたと、後に飛鳥から伝えられたのだが、そうでもしないと俺は受け入れる事ができなかったのかもしれなかった。
飛鳥に起こされた俺は、「大丈夫でござるか」と心配してくれる飛鳥に感謝を述べ、すぐ近くに階段があることを見ていた。
ダンジョンは迷宮だ。次の階層へつながる扉や階段といったものが用意されている。まさに【風来の旅人】と同じつくりだ。
「…そういものなのね」
俺はため息を吐き、この世界のことを頭に叩き込んだ。
落ちているものは食料だけではなかった。歩いて数歩進んだ先に子供が遊んだものを散らかすかのように道具が散乱している有様をこの目に見たからだ。
ゲームだとこういうシステムだと違和感がないものだが、こうして現実で見ると実際は不可不思議な光景が広がっているものだと錯覚する。
前の旅人か商人が落していったものだと考えることもできるが、飛鳥が言うには「ダンジョンの忘れ物」という。ダンジョンが地形をつくる際にアイテムも一生につくっているのだという。
落ちているものはできるだけ拾う。それが風来の旅人として基本中の基本という。
俺は飛鳥に教えられるまま、戸惑う視線の先にアイテムをただ夢中で紳士で黙って拾っていった。その中には必ずといっていいほど高い値段で売れるものがあるからだ。
「お、刀(かたな)…ですね」
俺が飛鳥と行く方向とは反対に落ちていた武器を拾い上げた際に飛鳥が発した。俺が拾い上げた武器をまじまじと見つめ、武器の形状からそう口にした。
刀。剣よりも切れ味が良いと訊く。【風来の旅人】なら武器としては最初に出会う中で強い方の武器だ。
(攻撃力は8ってとこだな…)
スキルのおかげなのか、手にした武器の攻撃力と特性が分かってしまう。こういう効果があったのもうすうす気づいていた。
最初に手にした【剣魔‐いかぐち】の詳細が分かってしまったほどに。俺はこのスキルが改めてすごいというものに感謝とともにうれしさもかすかにあったのかもしれない。
でも、俺にとって最も最恐で最強なスキルは武器を創造すること。
この世界に存在しない武器を作り上げることができるこのスキルで、店に売っているものや落ちている武器などは正直言って必要かどうかと問われれば戸惑うものばかりだ。
現じて、今手に入れた刀もそうだ。
ダンジョン探索中といえば、心強い武器でもあるのだが、俺には【剣魔‐いかぐち】がある。現攻撃力は13ほどある。敵の防御力(甲冑や障壁・結界)を無視してダメージが与えられるという特性付き。
正直言って、この刀は売り物となる。
「……飛鳥、この刀ってどれくらいの価値があるの?」
「そうですねー」飛鳥はふーむと物事を考えるそぶりを見せ、間を開けてから回答を出す。
「だいたい、40から60Gぐらいですね」
野犬の毛皮でも500Gほどしていた。それに比べて武器の値は低い。使い古しかそれとも人の手で作られたものではないからか。
もしそうなら、俺が作った武器はいくらで売れるのだろうか。もし、一文の価値がないのかもしれないが、特性を見れば誰からも欲しがりそうな能力を持っているはず。
俺はふーむと思考に満ちた。
いつもはここまで頭に回答を求めるほど思考回路は単純な構造になっているはずが、この時ばかりは俺の思考回路は迷宮(ダンジョン)のように複雑で正しい道が切り開けないものとなっていた。
(俺の思考回路も迷宮化してしまったか…)
俺はひとりでツッコミを入れ、飛鳥の方へ戻る。
「刀、使わないのか?」
「ああ、俺には“これ”がある」
俺は腰に下げていた鞘から剣を取り出し、見せた。飛鳥は特別な顔もせず「ふーん」と鼻で返事するかのようにスルーした。
飛鳥は一度、この剣のすばらしさを見ているはず。風来の旅人でありながら、俺の剣を尋ねることも詳しい形状を探ろうともしない。創造で作られた武器はやはり価値がないのかもしれない。
「……!」
飛鳥が突然立ち止まった。俺に待てと言わんばかりに腕を伸ばし、俺の胸に手のひらが触れた。
(……敵か)
俺の感覚も敵が近くにいると察した。どうやら俺も伊達にゲームをしてきただけじゃないらしい。俺は鞘から剣を抜き、構える。飛鳥も同じように刀を構える。
左右壁に囲まれ、中央のみぽっかりと開けた道。
そこに壁にもたれつつ、いびきをかきながら寝ているモンスターの姿があった。形状は子供ぐらいの身長、武器はない。丸っこく愛着が持てるような生物が鼻提灯を浮かべながらいびきをかいている。
俺は飛鳥に視線を送った。先制で打つべきか後退して別の道をいくか。
「斬っていく」
飛鳥の返答は前者だった。俺もうなずき、飛鳥のフォローするべく後方からカバーする。飛鳥は切り込み、丸っこいモンスターは気づくことなく、飛鳥によって真っ二つにされた。
悲鳴を上げるかと思ったが…以外にも声ひとつあげることなく胴体ごと割れた体からは赤い液体などなにひとつ流すことなく、まるではんぺんか餅を切ったかのように真っ白い壁だけが目の前にあった。
「拍子抜けだな」
飛鳥は小声でそう言った。先ほどの襲われた敵のように反撃してくるのかと思ったのだろうか、飛鳥は残念そうに俯いていた。飛鳥に声を掛けようとするなり、その前に飛鳥が俺に尋ねた。
「この先、今みたいに運よく眠ったまま倒せるものじゃない。もし、複数現れたときはお互いフォローできるように分散して単体で倒せるようにしよう」
以外にもゲームと同じようなことを言っていた。
俺はただ「ああ、そうしよう」とだけ答えた。俺は拍子抜けした。飛鳥というヒロイン的な人物と出会えて幸運だったが、俺が仲間にした飛鳥はシリーズを通した飛鳥じゃなかったことに抜けてしまっていた。
【風来の旅人】シリーズにおける飛鳥は、気品が良く強くてカッコイイ。主人公のピンチには駆けつけ、共に共同作業することもあった。飛鳥は主人公のことが少なからず気になっていたが、主人公は飛鳥を他人という考え方だった。仲間は仲間、友達は友達。決して結ばれる仲でもない。飛鳥の想いに気づかないまま、時がたち飛鳥はついに主人公に告白したという前シリーズであった。
強さと決して負けない勇士、作戦をこまめに自分から話すこともないキャラクターである飛鳥が、こうして現実で出会えて、以外にもここまで、違うものなのだろうか。
確かにあこがれはあったし、一緒に行動がとれてラッキーだった。でも、俺はまだ、飛鳥のことを信頼しきれていないのかもしれない。昨日であってすぐだ。
拍子抜けとは失礼だったのかもしれない。気を取り直して、何日か過ごせば飛鳥のこともこの世界のことも体に叩き込むことができるのかもしれない。
俺はただ、飛鳥の後を追えばいい、今は依頼を達成することが大事だ。俺のことは後で考えればいい。
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