EP.01 - 5 依頼

 誤解が解けて一安心。近場の宿屋と料理を提供してくれる店を飛鳥さんを頼りに案内してもらった。ヒホン語しか話せない俺は、対応を頷くだけにして一言もしゃべらないことにし、黙って食べることにしていた。


 運ばれてきた料理は元の世界とそっくりなものがそのまま出てきた。ワカメスープにチャーハン、おっきなフランスパンと、アンバランスな感じに。


 問題の味はどれも美味。これなら、いくらでも食える。


 俺は料理に夢中になっていた。飛鳥さんも同じように料理を口運び、飲み込む。久しぶりの料理だ二人とも一言もしゃべることなく料理を運んでいった。


 宿代と食事代を含めておよそ100Gで住んだ。二人分の金額で200G。


 それでも今の所持金から差し引くと結構な値段になってしまう。こんなことだったら、もう少し毛皮を調達しておけばよかったと心底ため息が出てしまう。


 宿屋の主人に案内された部屋は小部屋でシングル。


 貧相な机とイス、大人の顔ぐらいの大きさの窓、あまり深さがないベッドがあるだけ。それ以外は木製の床と天井、土の壁、ランプぐらいだ。


「ひとまず、休憩場所は確保…か」


 俺は安堵したのか安心してしまったのか倒れるかのようにしてベッドへ移動した。ふかふかとは言えないほど深さが足りない。しかも布団はシーツ一枚だ。


 貧相な部屋だ。贅沢は言えない。あのまま、野宿のままで良かったのかと聞かれれば真っ先に拒否していただろう。


 まだ、地面の冷たさと草木のとがった部分の上で寝ることなく、モンスターに追われることも襲われることもなく、焚火の前でずっと明るさをたもつ日を思えば、まだ楽な方だ。



 翌日、目を覚ますと、広場に人だかりがあった。男女関係なく町中ともいえるほどの人がある一点を見つめていた。そこにあるのは板に張られた一枚の紙きれ。みな、一目にその紙を見つめていた。


 俺はさっそく準備をし、部屋の扉を開けた。


「おはよう、仕事でござる」


 ……ござる? 昨日はそんなこと一言も言わなかったはず。今日の飛鳥さんはなんだか変だ。


「広場で何かあったのか?」


「ええ、子供がダンジョンで行方不明になったそうでござる」


「行方不明!?」


 俺はしばし考え込んだ。


 子供がどうしてダンジョンに潜ったというよりも、ダンジョンに子供でも入れたという安全管理の方が懸念した。そもそも、ダンジョンはモンスターの巣窟だ。そんなダンジョンに門番や警備兵もなしに子供が簡単に入れてしまうなど、どういう理屈の世界だ。


 …ってか【風来の旅人】もシリーズを通して、ダンジョンの入り口に警備兵や扉っといった類はなかったな。この世界はそういう作りなんだ。と、変な方向で考えをまとめさせた。


「……依頼書には、その子供の親ではなく、町長からのようだ。事情を聞いてくるが、来るか?」


 俺は丁重に断った。


 事情を聴きたいのは事実だが、話しが通じない俺が言っても帰って飛鳥さんを苦労させてしまう。俺はひそかに仕度の準備をすることにして、飛鳥さんを町長で話しを聞いてきてほしいと促した。


「そうか、一人で大丈夫でござるか?」


 俺は頷いた。


 昨日の件も終わった後。言葉が通じなくても何とかなるだろう。それに、今のうちに素材をかき集めるために野犬退治もしておきたいところだしな。


「では、1時間後にこの宿屋の前で集合でござる」


 俺は飛鳥さんを見送った後、ひとりで森の中に入り剣の試し打ちと素材回収を始めた。


 俺に限られた時間はせいぜい50分弱。宿屋の前から森に来るまで8分ほどかかる。走っても人混みのなかではゆっくりとなってしまう。


 限られた時間以内に野犬をできるだけの数で倒し、素材にして売る。これがいま、俺ができる唯一の方法だ。モンスターに言葉はいらない。ただ、剣を振り倒すだけ。


 他人と接客しなくていい簡単なお仕事だ。


「では、一丁前に――」


 俺は走った。どこまでもどこまでも。時間ある限り走り続け、得られた成果は――ウルフの毛皮1つだけだ。


「おっかしなー、ぜぇ ぜぇ」


 町に着くまではあんなにも襲われたのに、今は全然野犬の姿が見当たらない。しかも、気配も野犬の息遣いも聞こえてこない。


 せいぜいやれたのは野犬一匹だけだ。しかもまだ若いのかサイズが一回り小さいものだ。まだ子供だったのかもしれない。俺はそう思うとかわいそうな気持ちになってきた。けど、この世界は弱肉強食だ。負ければ死ぬ、勝てば生き残る世界。


「お前は俺に負けたんだ…」


 独り言のように毛皮にそう指をさしながら言った。俺はアタマがおかしくなっていたのかもしれない。たとえ、そうだとしても俺はこの世界が俺が知る【風来の旅人】の世界であったことが何よりもうれしかったのは事実だ。


 見知らぬ世界にいたのなら、俺は孤独だっただろう。この世界に負けて、敗者として敵の餌…悪ければ、生きることさえできない体だっただろう。けど、俺はこうして、ここにいる。


 やればできるものだ。俺は拳を握り、剣を鞘に納め、飛鳥さんがいる宿屋へ戻った。


 途中で昨日素材がほしかった人に手渡し500Gと値段が低くなっていたが、これ以上出せないと困った顔で左右に振っていたことから、値段が下がったのだと食い下がることはしなかった。


 昨日の料金と合わせて1100G。これだけでダンジョンに潜れるだけのアイテムや装備に足りるのだろうか…あーいや、無理だな。


 店頭に並ぶ装備にたてられた看板を見る。価格は1000G以上のものばかり。


「あー…飛鳥さんに相談しよう」


 俺は見なかったことにして宿屋へ戻った。


 飛鳥さんと合流後、飛鳥さんは依頼者から話しを無事に聞いてきたそうだ。報酬金も含めて。


「いなくなったのはこの街の教会に住んでいる孤児のようだ。無茶をするわんぱくな子供らしく、大人は面倒くさいと嘆いているほど難しいこともでござる。ダンジョンやモンスターに興味があったらしく、この街にきていた行商人から無料当然の武器を購入していたと聴いていたでござる」


 武器も買っていたとなれば、いつダンジョンに潜ってもおかしくはなかったということ。そこまでする可能性があったのなら、どうして武器を取り上げなかったのか、ダンジョンに潜らないように監視しなかったのか、この街の警備は本当にザルだ。これでは、モンスターが一斉に襲ってきたらどうしようもないぞといいたいほどだ。


「報酬金はおよそ5000G」


 高いのか少ないのか。野犬の件もあってこの世界の価格が常に変動している。そのこともあって、高いのかどうかよくわからないが、飛鳥さんは「まだまだいい方でござるよ」と付け加えていたから、いい方なのだろう。


 それにしても昨日よりも素材が安価になっていたのはなぜなのだろうか。


「ああ、それはおそらく昨日のうちに依頼していた素材を得る事かで来たか、旅の商人(以降、行商人)から安く購入できたかで価格が下がったのだろう。必要がない素材の価格をそのままにしておかないのが決まりのようなものだからな」


 そうか…昨日、俺が売ったからその分の価格が変動したのか。


「もうひとつ気になることがある。森にいたモンスターの数がやけに少なかったのはなぜなんだ」


 飛鳥はこう回答した。


「他の旅人が討伐したか、群れで別へ移動したかのいずれかでござる。森にいるモンスターとダンジョンにいるモンスターとは別種でござるから、関係は内でござるから、その二通でござるよ」


 そうか。俺は、あの野犬はおそらく残されていた数少ない子供だったのだろう。俺が素材集めのために狩ってしまった。その影響で野犬は少なくなるだろう。もしくは絶滅してしまったのかもしれない。


 俺は躊躇してしまった。


 あのとき野犬に『お前は俺に負けたんだ…』という発言をしたのは失格だった。俺は俺として失格の認定を押してしまった。


 野犬を放っておけば、いずれ数が増える。そうなれば、この森の近辺にある街の人たちは素材に困らずに済んだはずだ。それを俺が最後まで狩ってしまったためにこの街は行商人から得るかダンジョンで得るしか方法がなくなってしまった。


 俺はとんだ恥さらしだ。


「なにを考えているのか大体は見当つくが、深く考えなくてもいいぞ。そこは自然の摂理だ。たとえ、その行為が失敗だったとしてもいずれその返答がこの先で見つかるはずでござる」


 飛鳥さんの慰めに納得してしまったのか俺は平常心を取り戻した。


 俺は持っていた所持金を見せ、飛鳥さんは「少ないけど、とりあえずは食料と薬を買っていこう」と俺を誘い、市場にある食料や薬を購入し、ダンジョンに潜ることに決行した。

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