第36話 言ってない!
スーの案内で、俺とテティスは『桃の間』へと無事辿り着き、先に聞き耳を立てていたナキに倣って同じように室内の会話へと耳を澄ましていたのだが……。
「ちょっと! どう言うことですか! 魔王討伐っ? 聞いてないですよそんなの!」
白皇后が口にした魔王討伐という言葉に、テティスがひどく反応してしまった。
いや、当然と言えば当然の反応ではあるのだが……。
「わ、わかったから落ち着け! な? ちゃんと話そうと思ってたんだ!」
「ちゃんとっ? ちゃんとっ!? ちゃんとしっかりはっきりあたしを反乱行為に誘おうとしてたんですかっ! 馬鹿じゃないですかっ?」
……できれば、もう少し静かに騒いでもらいたかった。
「ちょ、ちょっと静かにしてよ! ルリ姐にばれ――」
「……何をしてるのかしら、あなた達は?」
それは、ワシツの戸が開いた直後に告げられた第一声。
初春に咲かせた紅梅の花弁で染めた様なルリ姐さんの唇が、俺達に静かな怒りを告げた。
そして――。
「えっと……ルリ姐、これは……」
――ナキが咄嗟に言い訳を口にしようと、ぼそぼそと口を開いた時。
「ねぇ、ルリ? ひょっとして……その子、あの時のおチビちゃんかしら?」
ナキを見て、興味が湧いたように白皇后が口を挿んだ。
俺達に向けられていたルリ姐さんの視線が、明らかな敵意をもって白皇后へと移る!
「言っておきますけど、またこの子に手を出したら許さないわよ?」
「あらこわい。そんなに大事? 別に、その子は『シラユキ』ではないでしょう?」
「だから、何? もう16年この子を傍に置いてきた。ナキはもう、この子であるというだけで私にとって価値がある」
ルリ姐さんがナキを庇うように腕を伸ばして告げた後、白皇后はすぅっと目に見えてナキに抱いた興味をしぼませた。
「そう……それは、羨ましい話だわ」
「それよりも、どういうこと?」
「そうです! どういうことですか!」
感情が薄まったような顔をする白皇后にルリ姐さんが訊ねた途端、言葉尻を無理やり継ぎ盗ってテティスがしゃべりだす。
「もう、今断っておきますよ? 魔王討伐計画なんて手を貸しませんからね! 絶対に!」
「テティス、静かに! 今はそんな場合じゃないって」
「そんな、場合っ?」
ひとまず彼女を宥めねばと思ったのだが、かえってそれが良くなかったらしい。
テティスは俺に次を言わせはしまいとまくしたてた!
「まさか黙ってろなんて言いませんよね? ここで黙すれば我が身の果ては犬の餌です! お兄さんは雇ってやるなんて気持ちでいるのかもしれませんけどご冗談! あなたに頼らずとも自分の食い扶持くらいなんとでもなります! 仮に時間がかかろうと、苦労しようとなんだというのでしょう! 自分のために浪費した時間と、他人のために使い潰した時間は等価ではありません! 同じゴミでも後者はより一層質が悪い!」
彼女は全身からピリピリとした空気を放ち怒った。
もはや触れることは叶わず、声をかけることすらためらってしまいそうだ。
そんなテティスを見て、ルリ姐も面を食らったようで。
「……ナキ、ジゼ? その子は、えっと……新しく引き入れて来た雀士、なのかしら?」
白皇后のことを一時忘れたように首を傾げてテティスに視線を奪われていた。
「引き入れたというかなんというか……」
「交渉権を得て……今まさに失いそうなところです」
「なるほどね」とルリ姐が苦い表情で頷くと、俺達のやり取りを見てくすくすと白皇后が笑う。
「どうするのルリ? あの小さな雀士さんのスカウトにも失敗した様じゃない? あなた達は今、まさに猫の手も借りたいのではなくて?」
彼女は自身が連れて来た少女を愛玩動物のように撫でまわしながら、少女の顎に触れて、口を開いた。
「ねえ、この子を使いなさいな。強いわよ? 身内びいきなしにね」
白皇后が少女に向ける眼差しは、愛しい少女を愛でるというよりも刀剣の刃を眺めようにそれに近い。
だからだろうか?
己の所持する武器を誇示するような白皇后の態度に、ルリ姐さんはより一層の嫌悪感を滲ませて唇を噛んだ。
「別に、あなたの秘蔵っ子の強さを疑う訳じゃないわ。ただね、だからって『あらありがとう』と協力してもらう気にならないのよ」
「あら、なによそれ。いじっぱりなのかしら?」
「違うわ。あなたが私達に協力する意味がわからないと言っているの」
「あたしもわかりません! どうして魔王討伐なんて馬鹿なことを――」
「テティス!」
隙あらばと吠えるテティスの口元を無理やり手で覆う。
これ以上、話の腰を折られてはたまらない。
そうして俺がテティスに手首やら腕やらを噛みつかれている間に、白皇后はルリ姐への返答を開始する。
「わからないも何も……私にだって益はあるじゃない? だって今、私は次期魔王に恩を売ろうとしているのよ? 何を不審に思うの?」
「恩、ですって?」
「ええ、そう。もしくは取引できる間に来たと言えば、あなたは合点がいくのかしら? 今でも十分、私の告げ口ひとつで計画が潰れるでしょう? そうされてくなければ……ってね?」
「……つまり、こう言うことかしら? あなたは私達の計画に手を貸す代わりに、成功の暁にはそれなりの地位や権利を約束しろと? また、そうしないのなら、この計画を魔王側に漏らすってことね?」
「ええ、そうよ。まあ、私はあなた達のことを魔王に告げ口する気なんて一つもないのだけど……こう言っておけば、あなたは断れないでしょう?」
脅迫めいた言葉を白皇后はからかうように口にした。
しかし、彼女の言い口にルリ姐さんは臆さない。
むしろ、白皇后へ敵意を剥き出しにして返事をする。
「断れない……ですって? 私がいつまでも感情論に走らないと思って買いかぶらないことね。その気になれば、意地と見栄で悪い方だって選ぶわ。特に、あなたの協力を得るくらいなら、あなたも魔王も敵に回す方がずっと気分がいい」
「……こどもみたいなことを言うのね」
「どっちがよ。それより、建前なんて捨てて本当のことを言いなさい。私達に協力する本当の目的は何? 当然あるわよね」
「そりゃ、もちろんあるけど……」
ルリ姐さんに問い詰められると、白皇后は一度口を閉じた。
だが――。
「……そうだ」
彼女は何かを、たった今ひらめいたとばかりにわざとらしく声に出すと――。
「なら、こうしましょう? 私とあなたは、今から一時的で期間限定的な共闘関係を結ぶの!」
そう言って、俺達に笑いかけた。
「なんですって?」
「だから、一時的な共闘関係よ。あなたは私の目的がわからないから裏切りを警戒する。でも、私も今この協力の真意を話すつもりはない。なら、協力する期間を明言してあげようと思ってね?」
……この白皇后の申し出は、俺の耳には何一つ解決したように聞こえなかった。
それは、ナキやテティス、もちろんルリ姐さんも同じだったろう。
だが、白皇后だけはニコニコと微笑みながら満足気に構えている。
「……それで、私達が納得すると?」
「あら? 十分な落としどころでなくて? 私はあなた達が魔王討伐という目的を果たすまでは裏切らない。ただ、その後は自由にさせてもらう」
「つまり、私達を裏切る気でいるのね?」
「そうは言ってないじゃない。別に裏切るかもしれないし、裏切らないかもしれない。ただ、あなた達は私が裏切るとしたら、そのタイミングが魔王討伐後だと知って、備えることができる。私はね、ルリ? 裏切りまでの期間の安全と裏切りへ備えることを保証してあげるのよ」
それは、決して信用を得るための言葉ではなかった。
ただ、白皇后という存在がいつから敵になるのかという告白だ。
普通なら、これで「わかった、協力しよう」と思う奴などいないだろう。
だが、俺達は少しばかり状況が悪い。
今、彼女の申し出を受けなければ、白皇后は魔王に俺達のことを密告するだろう。
そうなれば、俺達の計画は完全につぶれる。
後に待つのは、準備不足の状態で魔王を相手にしなければならなという最悪のシナリオだ。
だが、今彼女の申し出を受ければ、少なくとも魔王に勝つ希望は残る。
それに、白皇后が裏切るとしても……彼女の言葉通り、その裏切りに備えることができる。
……なら、後は魔雀と同じだ。
ただたんにどちらの方が勝率が高いかという話になる。
(……これは、ひどいな)
いうなれば、俺達は白皇后に情報が漏れた時点で負けていたのだ。
後は、彼女の申し出を受け入れ、裏切りの時に備えるしかない。
しかし――。
「なるほどね」
ルリ姐さんはまだ、白皇后を申し出を飲み込んでなどやるものかと、瞳をぎらつかせていた。
「あなたの申し出、確かに断るのは難しいみたい。でもね、私だって受けて不利益、断っても不利益なんて話を簡単に飲み込んでやる気はないの」
「……それって、断るってことなのかしら?」
「断る? いいえ。私は何も選択しないわ。ただ、あなたが申し出を取り下げるのよ」
「……話が、見えないわね」
おもしろくなさそうに耳を傾ける白皇后。
だが、ルリ姐さんは彼女を見据え、未だに自身が主導権を握っているかのように言葉を並べ立てる!
「あえて呼んであげましょう、『白皇后』! あなた、ここに取引をしに来た気でいるのかもしれないけど、まるで違うわ。ここは我が城『デーモンガーデン』。そして、この部屋は私――千歳瑠璃が『客』に膝を折らせるために、この血をあげて作り出した絶対優位の『桃の間』よ?」
「なら、私はこれから何をしようというのかしら?」
「賭けよ」
「……へぇ?」
「今からあなたがするのは断じて『取引』ではない。千年硝子の千歳瑠璃――牌魔国一の遊女を相手にあなたがするは『お賭け事』」
「賭け? ですって?」
「ええそう。ちょうど、私達には駒がいるでしょう?」
直後。ルリ姐さんは白皇后の瞳を誘い、彼女の視線を俺達へと向けさせた。
「あなたの自慢のお人形と、私の抱える雀士3人で魔雀の東風戦で競ってもらいます。そして、私が勝てばあなたには手を引いてもらう。当然、魔王への告げ口もなし」
「……それ、私が乗ると思うの?」
「ええ、もちろん。だって、ここはそういう部屋だもの」
ルリ姐さんが不敵に微笑むと、白皇后はこの部屋に来て初めて何かを恐れるように表情を崩した。
「なるほど……ね」
そして――。
「いいわ。その賭け、受けてあげる。ただし、私が勝てば――」
「ええ、もちろん。これは賭けですもの。お支払いしましょう、何もかも」
――白皇后の言葉を奪い、ルリさんは賭けを吹っ掛けた。
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