白紙戻しの少女

第34話 『白皇后』

「それで、お兄さん達はあたしに何をさせようって言うんですか?」


 訝しんで訊ねながら「目的次第では高くつきますよ」と口にするテティスを連れ、俺達は一度、雀荘『デーモンガーデン』への帰路に着いていた。


「それはほら、私達の本拠地についてからでもいいでしょ? お昼もごちそうするし、込み入った話はそこでね?」


 流石のナキも、往来の場で『打倒魔王』を口にするつもりはないらしい。

 だが、この場で話すことを避けるナキの反応から、テティスは少なからず何かを察したようだ。


「はぁ……なんだか、今回はえらくひどい傭兵家業になりそうですね」


 そして、ため息交じりに呟くなり、テティスはキッと俺をにらみつける。


「なんだ? 恨み言なら聞いてやるぜ? それとも、さっきの発言取り消すかい?」

「ご冗談。安い挑発にのったのはあたしの落ち度ですし。それに、自分の言葉にくらい責任を持ちます。ただし、お兄さん達も雇い主としての責任は取ってくださいね?」


 直後、俺は『打倒魔王が目的です』と、テティスに話すのが恐ろしくなった。

 一体、どれ程報酬を要求されるかわからんな……。


 そんなことを考える内、俺はテティスを連れ『デーモンガーデン』へとたどり着くのだが……。



「…………ここ、娼館ですよね?」


 『デーモンガーデン』の外観を見るなり、ジトリとしたテティスの視線が俺に刺さった。


「やっぱり、お兄さんはあたしの体が目的ですか?」

「いや、違う。ここはただの本拠地だ。やましい気持ちはないつもりだよ」


 と、口で言うのは易い。

 しかし、『デーモンガーデン』から胸元が大きく開いたドレスを着た女性が走って来るなり、テティスは「うわぁ……」と声を漏らした。


「どっちにせよいやらしいです……」


 俺の口からも思わず、苦い笑みが漏れ出る。

 だが、ナキだけは俺達と様子が違った。


 彼女は走り寄って来る女性に気付くと、急に表情が険しくなる。


「ナキ?」


 直後、彼女は店から走って来た女性に駆け寄っていった。


「……何か、不都合がありましたか?」

「どうやらそうらしい」


 てっきりまた、店の者が見せるナキへの激しい愛情表現の一環だと思ったのだが……俺の予想は大きく外れたようだ。



 ナキと女性の後を追いかけ、俺達は裏口から店の中へと入る。


「ひゃっ……は、破廉恥です……」


 店内に広がる光景。

 主に薄着のお姉様方を見てテティスが恥ずかし気な声をあげたのだが、今はのほほんとフォローに回っている余裕はなさそうだった。


「ナキ、何があったんだ?」

「わかんない。私も、これからスーに聞くところ。でも、ルリ姐にが来たって、姉様達は言ってたけど……」


 千年硝子の千歳瑠璃と評される牌魔国一の美人。

 そんなルリ姐さんに客が来たというのは、言葉面だけ聞けば何もおかしなことはなかった。


 しかし、彼女や店の娼婦達が今回口にした『客』という言葉には、何か嫌な含みを感じる。

 そうしてもやがかかったような気持ちを抱えていると、一人の少女が慌てた様子で俺達に前に現れた。


「スー!」


 ナキが少女の名を呼ぶ。

 よく見てみれば、慌てる少女は以前にルリ姐さんにフェイスベールを持って来た、世話役の女の子だった。


「ナキ姉様! お帰りなさいませっ」

「挨拶は後! 何があったの? ルリ姐が客を『桃の間』に通したって聞いたけど?」

「桃の間?」


 何かの隠語だろうかと首を傾げていると、テティスがこっそりと俺に「察するに仕掛け部屋のことではないですかね?」と耳打ちしてくる。

 俺は、まさか、と思ったのだが、ナキ達の反応を見ているとあながちテティスの予想は外れでもないらしかった。


「で、どんな客が来たわけ? 魔王の配下じゃないでしょうね?」

「それが、よくわからないのです。ただ、ルリ姐様に負けず劣らずの美人さんが、ナキ姉様と同じ年頃の娘さんを連れて来て、急に『千歳瑠璃に会いたい』と」

「女の……それも子連れの客が、娼館に?」


 二人の会話を聞いて、俺が真っ先に思い付いたのは、その美人さんとやらが年頃の娘をここへ働かせに来たというものだ。

 しかし、だとしたら何故、ルリ姐さんがその親子らしき二人を『仕掛け部屋』に通したのかがわからない。


「なあ、スーちゃん。その美人さん、他には何か言わなかったか?」


 俺が訊ねると、スーは少し恥ずかしそうに顔をうつむけるなり「確か……」と口にしてから間を置き。


「『白皇后』……と。その方は、自身のことをそう仰いました」


 『白皇后』という、その美人さんを指す名称を告げた。


「『白皇后が会いに来た。そう、千歳瑠璃に伝えてちょうだい』と」

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