第33話 偽名じゃない!
「リーチ一発槍槓自風牌一盃口ドラ6……24900?」
ジゼの点数申告を、少女は聞き直すように口にする。
「手牌のドラは3枚しかなかった。だから、あたしの性質を見越した上で、
それは、たった一局――この一局の内に起こった出来事だった。
もう一度同じことをやれと言われれば、とうてい無理な話だろう。
そもそも、ナキは彼女の祝福の性質上、
よって、彼女には裏ドラに頼るという魔雀はありえない。
そして、仮に
しかも、さっきのような槍槓で無理やり翻数をあげるという奇襲も、竜殺しの少女が警戒すれば、次はないだろう。
また、槍槓という稀有な役の成り立ち故に、以降の数局では期待できないというのもあった。
つまりあの槍槓は、ジゼにとって一度きりのみ有効だった勝負手だ。
ジゼという雀奴隷はその一度に賭け、一瞬だけでも少女の絶対優位の条件を降してみせたのである。
彼はどうあれ、力を示したのだ。
だが、それはある種の彼女を出し抜くような形で成立した勝ち方だった。
ならば、彼女にとってこの敗北は……気持ちのいい負け方ではなかっただろう。
しかし……。
(ああ……そうですね。これは、あたしの負けです)
少女はその敗北を受け入れる。
何故なら、これは彼女の『竜を持つ者を殺す』という魔雀の性質――。
そして、彼女自身の慢心や油断あっての結果だったからだ。
自分には絶対優位の条件であるという慢心。
ドラを抱える数の少ない者に対しては影響力の弱まる自身の性質。
そして、裏ドラを十中八九相手に乗せてしまうという弱点。
そこへ、彼女自身の様々な油断があったからこその敗北。
絶対などない魔雀という戦いにおいて、竜殺しの少女は自身の特性に絶対があると思い込んでしまっていた。
なら、今日味わったこの敗北は……この日、ジゼからもたらされずとも、いつか誰かからもたらされるはずの敗北だったろう。
それを、彼女は理解していた。
だから、言い訳はしない。
ただ、敗北を受け入れる。
『もう一度やれば』などは決して口にしない。
『次は』や、『もう一度やれば負けない』なんて言葉を彼女は弱者の言葉と考えていた。
それに――。
(『次』や『もう一度』なんて……あたしが、一番『無い』ことを知っているんですから)
――彼女は、身をもって次なんてない、一度の負けで失われてしまうものがあることを知っていた。
だから――。
「はぁ……」
――観念したように溜息を吐き、彼らに名を告げる。
「テティスです」
「えっ?」
だが、不意の自己紹介だ。
ジゼとナキは、一呼吸遅れてからその音が彼女の名前だということに気付いた。
「テティス! あたしの名前です。それと、あたしを傍に置きたいと言うならそれは雇用関係でなくてはいけません。お兄さん達が雇って、あたしが戦う。それ以上も、それ以下もありません。よろしいですか?」
竜殺しの少女――テティスの申し出は、ナキにとっては十分すぎるものだった。
だが。
「私は、それでもいいけど」
彼女はジゼへと目線を移し、反応を窺う。
テティスの選んだ言葉遣いに対して、彼が何か思うところがあるのでは? と、思ったからだ。
しかし。
「案外、律儀だな君は」
「なっ――!?」
ジゼはテティスの言葉を受けて、そんな風に返して笑う。
対してテティスはというと、『律儀だ』などと返されるとは夢にも思っていなかったようで、気恥ずかしさが混じったように怒り出した。
「何を言い出すんですか!」
「いや、あんなものは口約束だったし……何より俺は君に勝ちはしたが正攻法じゃなかったからな。君は突っぱねることもできただろう?」
「見くびらないでください。負けは負けです。自分の負けを素直に認められない程、あたしはこどもじゃありません」
テティスは腕を組み、ふんっと鼻を鳴らすとそれきりジゼからそっぽを向く。
だが、ジゼはそんな少女の背中を見つめると。
「……ひょっとして、テティスってのは偽名じゃないだろうな?」
ちょいと冗談めいた声を出し、直後に彼女を振り向かせた。
「ちょっと! この人失礼です!」
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