第32話 狙え!竜を呼ぶ瞬間!

 竜殺しの少女はドラを多く抱えた者を狙い撃つ。

 だがそれは、一から十まで全てが超常的な異能によるものではない。

 とても簡単に言えば、彼女はドラを抱える者がいづれ捨てるだろう牌に、自身のあがり牌を寄せていくのだ。


 現状の対局で言えば、竜殺しの少女はナキの抱えるドラが7枚になった時点で彼女を狙う。

 となると、ナキが狙われれば狙われるほどにジゼへの危険は下がっていくのだ。

 そして――。


攻撃発動条件成立宣言リーチ!」


 ――少女のマークがナキへと向かった今。

 抱えるドラの数が比較的少ないジゼがリーチをかけることは難しくなかった。

 しかし、だからこそ少女は理解できない!


(お兄さんが、何を考えているのかがわからないっ)


 少女の胸の内に、苛立ちが募っていく。

 何故、自分が24000点という縛りをつけたと思っているのか、と。

 何故、最終的な持ち点が自分より上だったとしても、24000点という点数をあがらねば勝ちにはならないという条件を出したと思うのか、と。


 すべては、リーチをさせない為である。


 ドラを抱えさせる前にあがられる。

 速度を重視した安手に、徐々に持ち点を削られていく。


 そんな、少女にとって相性の悪い魔雀をさせないために、彼女はあんな条件を出したのだ。


 だが、ジゼはリーチをかけた。

 しかも、ドラ3枚の状況で。

 ならば、少女が抱く疑問は一つ。


(その手はっ、とてもじゃないけど24000点に届かないはずでしょっ!)


 条件を満たさない役で、なぜリーチを仕掛けたのか。

 彼のリーチに虚を衝かれながら、少女は必死に頭を働かせる。


(いえっ……いいえっ――まずは、落ち着いて考えてみましょう)


 彼女の口から「ふぅ……」と、細い息が漏れた。

 直後。少女の脳裏を過ったのは、数局前にナキが狙った緑一色だ。


(仮に、お兄さんのドラが三枚だったとしても……あれが役満の攻撃発動条件成立テンパイであれば、ドラの枚数は関係ない。問答無用で32000点……でも――)


 少女は王牌へと目を向け、現状のドラが何であるか。

 そして、河を――これまでに出た捨て牌を再確認する。


(現状、お兄さんが作れる役満はとても少ない……仮に、ありえたとしても四暗刻くらい。でも……)


 少女はやわらかに口元を歪め「ふふっ」と微笑んだ。


(そもそも、よくよく考えてみれば攻撃発動条件成立テンパイ! いいえ、いいえっ! むしろかけない方が有利っ)


 ジゼのリーチを見て、少女は彼に役満はないと判断する。

 しかし。


(でも……なら、何故お兄さんはリーチをかけたんでしょう?)


 ドラが3枚のジゼには24000点をあがれない。

 そんな、最初に抱いた考えを彼女は再考せねばと思った。


(当然、リーチをかければその分翻数があがります……あたしは、ドラが三枚のお兄さんには現状24000点をあがることは難しいと思っていました。でも、あの勘が間違っていたとしたら?)


 彼女は、ジゼが攻撃発動条件成立宣言リーチをかけたことで、翻数がギリギリ三倍満に届くのではと想像してみる。


 だが――。


(いいえ……いいえっ。違いますね)


 そんな可能性を見出した直後に、彼女はその可能性を自ら否定した。


(仮にお兄さんがドラを『發』で三枚持っていたとしても、リーチを仕掛けて24000点をあがるには……例えばのような形。あとは『六筒』なら。つまり、いづれにせよ、それぐらい大きい役じゃないと、24000には届かない! そんな大きい手を、この浅い巡目で揃えられますか? いいえ、いいえ! そうそう揃えられてたまるものですか!)


 ならばと、少女はいっそ真逆の方向へと思考を広げた。


(むしろあれは、安手。目的は……あたしの親番を流すこと? 今、子で24000点をあがるよりも、自分に親番が回って来た時の方が高めの点はあがりやすい。それに、あたしの連荘を阻止すれば、お姉さんがこのまま飛び終了になる可能性も潰せますしね)


 そう考えると、彼女の中ですとんと腑に落ちるものがあった。


(あのリーチは、お兄さんが自分に親番を回すための役。早上がりの……それもおそらく筒子の多面張)


 けど――。

 と、少女の中で何かが警鐘を鳴らす。

 もしも、万が一あれが24000点を満たすものであったなら……と。


(いえ。万が一、億が一……そうだったとしても、あたしのやることは変わらない。安手だからと見逃してもやらないし、当然高めならあがらせない。たった一度でも、をあがらせたらあたしは負けるんだ……なら、ここで引きさがる理由は一つだってない! それに――)


 少女は自身の手牌を見る。


(三槓子……もしくは『西』を鳴いて対々和……)


 揺るがぬ勝利への予感。


(この局もあがる! だってもうすぐお姉さんは、あたしに振り込むんですからっ!)


 それが、彼女の心根を支えていた!




(ジゼが、リーチを仕掛けたっ?)


 7枚のドラを抱えるナキにとって、それはどんな形であれ救いに見えた。


(あれでジゼがあがれば竜殺しちゃんの親番が終わる。次の局でジゼはあがれないけど、南入すればまた私に親番が回るし、ジゼも南場なら親であがることができる……ここさえ乗り切れば、まだ勝機はある。なら――)


 ナキはぎゅっと唇を噛みしめ、牌をツモる!


(――ここで、私が振り込む訳にいかないじゃない!)


 だがっ!

 彼女がツモったのは『四索』!

 それは、竜を殺す少女にとってのカン材だ!

 さらに、ナキにとって今不要な牌は――『西』も『四索』も、どちらも少女にとっての有効牌!


 振り込むわけにはいかないと思う反面、ナキが手にしたのはどうあっても放銃への早馬だった!


 しかし、だからこそ――この一打! この捨て牌こそ運命だった! 


(通れっ!)


 ナキが捨て牌を選択する!

 彼女の指先が選んだのは『四索』!


 瞬間!


(出ましたね!)


 当然、少女が見逃すはずはない!


(これでっ! 三槓子ダメ押しですっ!)


 ナキの指が『四索』を河へと送り出した直後――。


竜誘引儀式カン


 ――彼女は勝利の確信を告げるように、竜誘引儀式カンを宣言した。


 だが!


単体迎撃発動ロン!」


 少女の、彼女の竜誘引儀式カンは通らない!


「……え?」


 竜殺しの少女が明槓を宣言した瞬間、ジゼのあがり牌が場に晒されたのだから!


「言ったろう? 力は示すと」


 それは、竜を呼ぶ声をかき消す一槍!

 河に出た牌以外から、唯一ロンを取れる役――!

 その名は……っ!


槍、槓ちゃんかん……?」


 槍槓。

 相手のカンした牌であがる役――。


「ああ、そうだ」


 乾いた少女のつぶやきに呼応するように、ジゼの手牌が開かれる。

 自身から槍槓をとった男のあがり形。

 それを見た途端、少女は思わず目を見開いた。


 待ちの形は『二索』と『三索』での両面待ち。

 それは、少女からしてみれば、自分の槍槓を狙いすましたかのようなあがり形にも見えただろう。


「なっ――」


 だが、彼女を激昂させるのは竜誘引儀式カンを見越され、槍槓を放銃させれれたことではない。


「――……リーチ一発、槍槓自風牌一盃口……ドラ3っ?」


 少女は、この半端なあがりに……どうしようもなく神経を逆なでされた。


「どうして、ですかっ」


 喉を引っ掻きながら出されたようなかすれ声――。

 少女は、いらだちの募った眼差しをジゼに突き付ける!


「それだと! 16000点! やっぱり届かないじゃないですかっ!」


 そう、これは

 リーチ一発槍槓自風牌一盃口ドラ3。

 これは、今局が三本場であることを含めても16900点にしかならない。


 それは竜殺しの少女が出した条件には足りず、だが、彼女の親番を流すには高すぎる一手だった。

 それも、槍槓などという稀有な役。

 少女からしてみれば、わざわざ自分のカンを潰したいがためのあがり。

 勝利することにも、合理性にもそぐわない……煽りのようなあがり方だった。


「これが……こんな茶番が、あなたの示す力ですか!」


 プライドを傷つけられ、少女は声を荒げる。

 ジゼをにらみつける双眸には、炎のように逆巻く彼女の怒りが透けて見えた。


「何が力を示すですか! あまっちょろいっ! 槍槓? だからなんですか! 竜誘引儀式カンを潰したくらいで、あたしがどうなるとっ? すごい! あたしから槍槓をあがるなんて! なんて稀有な方なのでしょう! 倍満ですすごいです! とてもびっくり、お強いのですね! これからは幾久しくいついつまでもそおそばに置いてください、なんて言うとでも? 条件を無視して、ただ痺れを切らせたようにあがった間抜けに――あたしの、どんな言葉を期待したのですかっ!」


 殺意すら滲む少女の瞳と声色。

 彼女の反応とジゼのあがりを見て、ナキもまた困惑の表情を浮かべる。


「ちょ、ちょっと――」


 ナキにとっても、ジゼのあがり方は予想の外にあったのだ。


「ジゼ、どういうつもりよ! あんなあがり方! 私達、彼女の出した条件を反故にしたと思われても仕方ないわ!」


 しかし。


「と、詰め寄られても……俺はまだ、二人に点数申告すらしてないだろ?」


 ジゼは悪びれることもなく口にし、少女へと向き直った。


「なあ、嬢ちゃん。賭けてみないか?」

「は?」

「今からこの手が、24000点に化けるか否か」


 ジゼが口にした『賭け』の誘いを聞き、少女は口の中に入った虫を吐き出すように返答する。


「ふざけてるんですか?」

「いや、大真面目さ……」


 辛辣な少女の反応。

 だが、彼女の不信に染まり切った顔を見て、ジゼは奇術師のように笑った。

 まるで、何も知らない幼子に手品を見せる直前のように……。


? 今からでも、ドラを増やせる方法が」


 そう、

 だからこそ、あの時の一打は運命だったのだ。


 次の瞬間――ジゼは、王牌へと手を伸ばした。

 そして、ナキはその時になって理解する。


「まさか――」


 それは、彼女には選ぶことが絶対にできない選択肢!


「――カン裏っ!?」


 こぼれ落ちたナキの言葉に、竜殺しの少女もはっとなった!

 

 カン裏――。

 それは裏ドラとも呼ばれ、リーチをかけてあがった者のみに開くことを許される14枚の王牌の内の5枚。

 カンドラと同じく、手牌にあれば一枚につき翻数が一つあがる竜!

 開かれたドラの下に眠るもう一つのドラだ!


 そして今局、開かれているドラは3枚!

 『白』! 『五筒』! 『二筒』!


 つまり!

 今からジゼはこの3枚のカンドラの下にある3枚の裏ドラを一枚ずつめくることで手牌のドラを増やそうとしている!


 だが、これは賭け!

 それも無謀な賭けだ!

 カン裏でドラが増えても、ジゼの手牌にその増えたドラがあるとは限らない!


 むしろバカ!

 カン裏がのることを前提に24000点の点数数計算を行うなどバカの所業!


 だが、この男は賭けた!

 十分に勝率があると考えた、何故なら――。


、俺は賭けになると踏んだんだ」


 ――今、彼が戦っているのは竜殺し!

 他家にドラを抱えさせ、自らはドラを抱えられない少女だ!


「つまり、ここが君の弱点だ! 君は、自分の手牌にカン裏がのることを避けてあがらねばならず、また相手がリーチをかけてあがれば――十中八九相手の手牌にドラがのる!」


 しかし、これはジゼの予想に過ぎない。

 また、この予想が当たっていたとしても、彼の手牌にドラが増えるとは限らない。

 何故なら、彼女にとって敵はジゼだけではない。

 ナキ――。

 彼女の手牌に裏ドラが重なることも十分に考えられる。

 だが、だからこその賭け!


 ここからが、彼にとっての正念場!

 今――カン裏が、めくられるっ!


 一枚目――『發』!

 これは、ナキが抱えていた『中』をドラにする!


 二枚目――『一萬』!

 これは竜殺しの少女が暗槓した『九萬』を!


 そして、最後――!


 『東』!


「――っ?」


 少女の声は音にもならず。

 彼女はただ、言葉を失った。


 この瞬間、ジゼの持つ自風牌……『南』3枚が、ドラになる!


「さあ、改めよう。単体迎撃発動ロン。リーチ一発槍槓自風牌一盃口。その三本場は24900だ」

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