第20話 交渉!
「『ドラが手元に来ない』これは確かに弱点――いえ、痛烈な特徴と言えるわ。でも、彼女が持つ異能の性質上、自分の手元にドラが来ないことは、完全なマイナスにはならない」
ナキの言葉に、俺は『竜殺し』その異能の真価を改めて理解した。
「彼女は――ドラの多い者からあがる……自分の手元にドラが来ないのは、対戦相手にドラを押し付けているからか?」
こくりとナキが頷き肯定すると、俺は竜殺しの少女が持つ異能――その底知れない力に背筋が冷えた。
「例えばそうね……竜殺しちゃんの強さは三魔であればより際立つでしょうね」
このナキの見解には、俺も同意見だった。
仮に、俺達がドラを抱えることを『リスク』だと――。
彼女がドラを抱えさせることを『アドバンテージ』だと言うなら――。
三魔において、彼女の性質は異能としての格を上げることになるだろう。
四人で行う魔雀であれば、彼女以外の雀士3人でドラを――リスクを分担することができる。
だが、これが三麻であれば、竜殺しの少女と対戦する雀士――つまり、俺とナキは二人でドラのリスクを分け合わねばならない。
しかも、仮に一方の雀士にドラがいかなかったとしたら、それは残された一方の手牌にドラが寄っているということを指す。
つまり、あの子は三魔――それも一対二という状況において、四人打ちの魔雀で見せた以上のポテンシャルを発揮しえるということだ。
ぶるりと、体の奥底が震えた。
しかし、竜殺しの少女に臆したわけではない。
ドラを抱えた者――もっとも竜に近付いた雀士を狩る竜殺し。
彼女と対峙し、そして仲間に引き入れた後のことを考えて、静かに昂ったのだ。
だが……俺は竜殺しの少女。
彼女の幼い容姿を思い出す。
願わくば、話し合いで勧誘できればいいなと、心底願い俺は覚悟を決めた。
「行こうぜ、ナキ。声をかけるなら、早い方が良い」
「仕切らないでよ、こっちはあんたが腹を据えるのを待ってあげてたんだからさ」
見た目がどうだとうと、これから相対するは『竜殺し』その名を冠するに相応しい一人前の雀士だ。
◇
竜人達が雀巣を去った後、まだ慌ただしさの余韻が残るその場所で、竜殺しと呼ばれる少女はぼんやりと考え事をしていた。
(……今日のお昼ごはんは、どうしようかな)
竜人達から巻き上げた金の使い道――。
特に、本日の食事について彼女は考えていたのだ。
(あの竜のおじ様。あたしにとって完全なカモだったし、かなり稼がせてもらっちゃったなぁ。これなら、少しくらいは贅沢しても……いいよね?)
久しぶりの贅沢。
ふかふかの寝具や少量のわりに高額で美味な高級料理。
これまでの人生で数えるほどしか味わったことのない贅沢が少女の脳内で蘇る。
(ふふ……)
思わず口元が緩む少女。
この瞬間まで、彼女の機嫌は最高潮に良かった。
そう、この瞬間までは。
「ちょっといいか?」
幸せな空想に浸っていた少女に、声をかける男が現れる。
男の隣には容姿の整ったダークエルフの少女もいた。
少女は考える。
可愛らしいダークエルフを伴った男が、自分に声をかけてきた意味を。
これまでの経験、そして自分の知る世界をかんがみた結果、少女は溜息を吐いて男に返答した。
「残念ですけど、お兄さん。あたしは体を売る気ありませんよ? あと、殴られ蹴られて喜ぶ趣味もないです。それに、今はお金に困ってる訳でもありませんしね?」
てきとうにあしらって、さっさと食事に出掛けよう。
少女は男達に背を向けると、足早に雀巣を出ようとした。
しかし――。
「君に、俺達の仲間になってほしいんだ」
背中から浴びせられた言葉に、少女はぴたりと足を止めた。
「仲間、ですって?」
ぶつぶつと背筋に痛いような、かゆいような感覚が走る。
そして、少女は男に振り向きながら思った。
ああ、まだ体を売れと言われた方がマシだった、と。
ああ、まだ殴らせろと言われた方がマシだった、と。
ああ、そうだ――どうせなら、雇いたいと商談として話を持ちかけられていれば優しくあしらってやったのに、と。
「……私が、仲間を必要にしているように見えますか?」
少女は冷たい声で告げる。
誰が聞いてもわかるほどに、少女の声には怒りや苛立ちが混ざっていた。
すると、少女の対応に毒気を感じたのだろう、ダークエルフの少女が男に代わって答える。
「待って。これは、私達にあなたの力が必要という話なの。できれば、あなたと交渉をしたいと思っているのだけど?」
しかし、もはや誰の、どんな解答であろうと既に彼女にとっては意味をなさなかった。
「あたし、言いましたよね? 今、お金に困っている訳でもないんです。つまり、誰かに雇われる気がない。双方に――あたしに旨味がない。なら、この話はここでお終いなんです」
苛立ちを募らせながら、完全な拒絶の意思を提示して少女は沈黙する。
だが――。
「待ってくれよ」
この話はここでお終いなんて、穏便にはいかなかったのだ。
「ジゼ?」
それは、元勇者としての男の矜持だったのだろうか?
彼は少女に近付くと、彼女を慈しむかのように声をかける。
「君は強い。それは俺も見ていたよ。だが、まだ年端もいかない子がやけになっているのは見過ごせない」
「や、け……?」
「ああ。やけだ。君は強い。それは確かだ。これまでも、その強さを武器に生きて来たんだろう。でもさっきの言い方。君はとても危うい心情を胸に生きている気がする。一人で生きていくと決めた者と、一人でも平気なはずだと他人を寄せ付けない者には大きな違いが出る。俺には、君は後者に見えるけどね?」
それは、男にとっては『優しさ』の一端だったのかもしれない。
暗に、少女の力になると、彼女に手を差し伸べたつもりだったのかもしれない。
しかし。
「あたしには――誰かの力が必要だって言うんですかっ?」
その言葉は少女にとっては侮辱。
これまでの彼女の生き方を凌辱することに他ならない。
気付けば、少女は血が滲むほどに唇を噛んでいた。
「いいですよ……そこまで言うのなら、あなたにチャンスをあげますよ。お兄さん」
怒りに満ちた瞳が、男を捉える。
「あたしの力になれるって言うんなら、せめてあたしより強くなきゃ。ええそう、じゃなきゃ信用も信頼できません。いいえ、利用することすらできないじゃないですか」
己を落ち着けるように少女は一呼吸置き――。
「賭けを、しましょう?」
そう、静かに提案した。
「賭け? つまり……その賭けに俺達が勝てば、君は俺達と行動を共にするのか?」
「ええ、いいですよ。でもお兄さん、あなた達の勝利条件はあたしが決めます」
「聞こう」
「勝負は三魔、東南戦の計六局……そして、試合中。あなた達は私から一度でも倍満や三倍満……つまり、24000点以上をあがれば勝ち。逆に、最終的な点数があたしより多くても、途中であたしの持ち点が0を下回っても、あなた達が24000点以上をあがれなければあたしの勝ち」
「な、なにそれっ――」
たまらず、ダークエルフの少女が声をあげた。
だが――。
「わかった」
男は了承する。
「勝つ自信……あるんですか?」
試すような少女の笑顔に、男は答えた。
「俺は暗に君に頼れと言ったんだ。なら、力は示すさ」
両者は、どちらからともなく決闘空間を展開する。
そして、戦いは始まるのだ
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