第14話 したたかなり!流石ダークエルフ!

「ルリ姐さん。私に『自分が打倒魔王を了承すると思うか?』って訊きましたよね?」


 顔をあげ、にっと口元に笑みが滲むナキを見て、ルリ姐さんは眉をひそめた。


「ええ、言いました。もう一度言う必要がありますか?」


 丁寧な口調に混ざるのは、棘のような冷たい感情。

 しかし、ナキは引かない。

 彼女は軽く首を振ると。


「ないです。二度確認する必要なんてない。だって、ルリ姐さんは、はじめから私達に協力してくれるつもりでしょう?」


 うぬぼれだと言われても仕方のない答を返した。

 当然、これを聞いたルリ姐さんの表情は険しくなる。

 けれど、ナキの言葉はそこが終わりではなかった。


「もちろん、条件付きにはなるだろうけどね」


 彼女は悪戯っぽくそう付け足して、ぱちっと俺にウィンクを飛ばす。

 そんなナキに対して、ルリ姐さんは「条件?」と興味深そうにつぶやいた。


「はい、条件です」

「それは、どんな条件ですか?」

「満たせば、私達の行動に勝機を見出せる。そんな条件です。でしょ? ルリ姐」


 ナキの眼差しは、今の言葉が嘘でも世辞でもないと。

 心の底からルリ姐さんへの信頼と確信があってこそ口にできた言葉だと物語っていた。

 だが――。


「……買い被りです。私は、そんな大それた女じゃありません」


 ルリ姐さんは、ため息交じりにナキの言葉を否定する。

 しかし。


「そんなっ!」


 ナキは食い下がった!


「ただ綺麗と言うだけでっ! この牌魔国は生を許してくれる国じゃないわっ! ましてや無冠の女王と呼ばれる程の力が、ただ綺麗だというだけの女にある筈がない! 私は知っていますっ! ううん、私達は知ってる! ルリ姐が、これまでにどれだけ知恵を絞って、度胸を見せて『無冠の女王』と呼ばれるに至ったか!」


 裏表のない純粋な信頼のこもった視線は、まるで矢であるかのようにルリ姐さんを射抜く。


「ナキ……」

「そんな女性ひとが――私達のルリ姐が、例え本気じゃなかったとしても、たったの一度も考えなかった筈はないっ! 打倒魔王という偉業を! この国を手中に収めるという野心を! たったの一度も考えないわけがないっ……そうでしょう?」


 途端に、しんと室内に沈黙が訪れた。

 部屋の外にいる女性達の息を呑む音さえ聞こえそうな程の静寂の中、ためらうようにルリ姐さんは答える。


「…………あなたの言い分は認めましょう。私は、たったの一度だけ。この牌魔国を私の領分に堕とそうとしたことはあります」


 一瞬、ナキと俺の表情は明るくなり、デーモンガーデンの女性たちの顔が驚きに染まった。

 しかし。


「でも、行動には。この意味がわかる?」


 暗に、無冠の女王とも呼ばれた女性は『不可能なのだ』と、ナキに示す。

 彼女ほどの女性にも、成しえなかった偉業。

 いや、行動に移さなかった、ただの無謀。


 再びの問い。

 ナキは悔しそうに唇を噛んだ。

 だがそれは、諦めから来る仕草ではない。


「ルリ姐が行動にのは、その時、まだ私達に――ううん、私に力がなかったからでしょう?」


 それはナキが彼女自身を――幼い頃の自分を責めるような声だった。


「ルリ姐は、魔雀ができないから。策はあっても実行できなかっただけ……でも、今なら違う! 私は、あなたの武器になれる! 絶対に貴方を裏切らない。それに、私だけじゃない! 魔王と対峙した勇者だってここにいる。それでも……まだ足りないの?」


 ナキの瞳に涙が滲む。

 しかし、ルリ姐さんは頷かない。


「ナキ。私は足りないどころか満ち足りているわ。なのにただ、今以上を目指したいがためにみんなを。そして、貴方を危険には晒せない。わかるでしょう?」


 その美しく優しいなだめるような声は、千年硝子の千歳瑠璃、無冠の女王と呼ばれた女性の一種の愛の告白だ。

 だが、その告白に応える少女。彼女にとって娘であり妹同然でもある少女は――。


「わかんないっ!」


 なかなかのじゃじゃ馬だった!

 

「もういい。情に訴えるのはやめだわ」


 この瞬間、ナキの瞳を潤ませていたはずの涙がぴたりと止まる。


「な、なきっ?」


 俺を含めた誰からも驚きの声があがる中、ルリ姐さんだけは毅然と――いや、呆れたという顔をナキに向けた。


「ルリ姐。何度でも言うわ。ルリ姐は私に協力してくれる」

「しません。あなたをどんな危ない目に遭わすかわかっているのに!」


 すると。


「いえ、するの!」


 と、ナキは宣言通り何度でも断言する。


「だって! 本当に危ないと思うなら、ルリ姐が私とジゼだけにさせるはずないもの!」

「なっ!?」


 しかしそれは、したたかというにはあまりに卑しい……他人をあてにした思惑があってこそだった。


「お、おい! ナキ? 俺達、最悪ルリ姐さんの手助けなしでもやるつもりだったんだよな?」

「ええ。もちろん」


 けろっとしているナキの姿に、俺はもはや違和感しか抱けない。

 だが、実に彼女らしい自信満々な次の言葉で――。


「だって、そうすれば絶対ルリ姐は協力してくれるでしょう?」


 俺は、この少女をまた少し理解できた気がした。

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