第12話 千年硝子の千歳瑠璃
雀巣であり高級娼館としても名高い『デーモンガーデン』。
そこにはエルフですら息を呑み、サキュバスまでもが男の扱いを学びに来ると言われる一人の美女がいた。
いわく、エルフとサキュバス両者の血を引き、セイレーンにも劣らない美しい声を持つと称される牌魔国一の美女。
幾年月が経とうとも衰えぬその繊細な美貌を称して、牌魔国の住人は彼女――ルリのことを『
しかし。
娼婦のくせに女王とは生意気な――。
いったいどれほどの女だというのだ――。
と、彼女を一夜抱こうと買いに訪れる阿呆な男共は星の数ほどいた。
だが、満足に彼女を抱くことができた男など片手で足りる数しかいない。
いつからか、そんな男共を指して。
一目彼女を見れば恋に落ち。
二言交わせば頭を垂れ。
三度触れれば骨まで抜かれる。
などという言葉が生まれる程、彼女の虜になる男は多かった。
終いには、一夜彼女を抱くどころか、手の甲にキスをさせてもらうために両の指すべてに指輪を贈ったなどという者が現れるありさまだ。
そんな絶世の美女を前にして――。
ただ元勇者であるというだけの男が、心の準備もなしに彼女に会えばどうなるかなど知れていた。
◇
東洋の『ワシツ』と呼ばれる様式の部屋に通された後。
俺はナキと一緒に『千歳瑠璃』ことルリ姐さんと話をしていたのだが……。
「あら? ジゼさん、ちゃんと聞いていますか?」
宝石を糸にして紡いだのではないかと思う程に美しい銀の髪や、月光をまとったみたいに綺麗な青い瞳に目を奪われ……なかなか正気を保つのに苦労していた。
「痛っ――」
「バカね……」
もう、なんどナキに足を踏まれ、ももをつねられたかわからず。
「す、すみません」
ただただ恥じ入り、謝罪を口にするほかなかった。
そんな俺を見て、ワシツの外から中をのぞく野次馬の娼婦たちから「ルリ姐さん相手じゃしかたないよ」と言う声が飛んで来る。
しかし……直視できない美しさというのは本当にあるのだなと思い知らされた。
デーモンガーデンには美しい女性たちが数多くいる。
それも皆が肌を晒すことを目的とした薄着を身に着けて……。
そんな場所にいれば、まさしく目のやり場に困るというもの頷ける。
恥ずかしくて直視できないということもあるだろう。
だが。
今、目の前にいるルリ姐さんは……無為に肌を晒すことなどしていないのに、直視することがためらわれた。
なんというか、ただ彼女を見ているというだけで心の奥を揺さぶられるのだ。
この女性を見ているというだけで、彼女が目の前にいるというだけで鼓動が早くなる、体が熱くなる。
喉が渇くような感覚に、自分が緊張しているのだと理解させられた。
そんな俺を見て、隣に座るナキは「はぁ」と溜息を吐く。
「やっぱり……元勇者といってもただの男ね。まあ、ルリ姐さんの前ならしょうがないけど」
やれやれと肩をすくめるナキに『こうなることがわかってたなら先に言ってくれよ』と、今にも言い出したい気持ちでいっぱいだったが……。
事前にルリ姐さんのことを聞いていたとしても、どうしようもなかっただろうなという考えに行き着くのにさほど時間はいらなかった。
「ごめんなさいね? 男の人って私を見るとどうにも落ち着かなくなっちゃうみたいなの」
そう言うと、ルリ姐さんは部屋の外にいる一人の女性に向かって手招きをする。
すると、野次馬の女性達をかき分けてまだ幼い、可愛らしい女の子が現れた。
「るりねえさま、こちらを」
彼女は舌足らずな声でささやくように口を開くと、薄い木箱にいれられたフェイスベールをルリ姐さんに差し出す。
「ありがとう、スー」
ルリ姐さんはスーと呼んだ女の子に礼を言うと、フェイスベールを手に取り、そと口元を隠すように身に着けた。
直後――。
「あ、れ……?」
彼女の鼻や、艶っぽい唇が隠れると……。
途端に、胸の高鳴りが治まってきた。
「これで、少しは落ち着くかしら?」
「えっと……」
だが、その淑やかな微笑みに視線を奪われることだけは、ベールがあっても変わらないようだ。
「もうっ」
そして、また俺はナキにつねられた。
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