第7話 風を感じるか?

「いっ、いでぇ! 痛ぇよ、ザドリエの兄貴っ」


 その日、ザドリエはひどく苛ついていた。

 だが、自身の腰巾着であるゴブリンを痛めつけても気持ちは晴れない。

 久し振りに出てきた雀巣じゃんそう、そこで雀奴隷を半殺しにしても何も満たされない。


「あいつはぁ! あいつらはどこだあっ!」


 しかし、彼自身、なぜ自分の心が満たされぬのか、理由をはっきりと理解していた。


 自分のプライドに傷をつけたダークエルフ。

 そして、そのダークエルフに救われた情けない雀奴隷の元勇者。


 あの二人を殺さないかぎり、この苛立ちが治まることはない。

 だが、それを理解していながら行動に移せない。

 姿を探せど見つからず、どこに出向いても出会えず。

 今のザドリエはあまりのもどかしさに狂う寸前だった。


 そんな男を見て、近付こうとする者は誰もいない。


 彼が贔屓にしている奴隷の娼婦は慰めようとも思わず。

 彼をガキの時分から知る雀巣の店主も、声をかけようともしない。

 彼と共に雀奴隷を痛めつけることに喜びを知る馴染み達も、嵐が過ぎるのを待つようにザドリエを避けていた。


 そう。誰も、誰も彼には近付かなかったのだ。


 ただ、一人を除いては。


「あ、あにぃっ! アニキぃ! ザドリエのアにぎ、あ、あいづでずっ」


 血の伝う唇を拭いながら、ゴブリンがザドリエの背後を指差した。


「あ゛ぁ゛っ?」


 苛立ちをこぼしながら、ザドリエは反射的に後方へと振り返る。

 すると。


「なんだよおぉっ、いんじゃねぇかよぉっ!」


 そこには彼が血眼で探し、心の底から求めていた者達――その片割れが立っていた。


「ずっとよお……お前を殺したくてうずうずしてたんだぜぇ、俺はあっ! このっ! クソ勇者さまあっぅ!」


 問答無用。

 ザドリエは自分の都合のみで、ただ相手を痛めつけたいがために決闘空間を展開した。

 裂けるのではないかと言う程に口を開き、彼は雄叫びをあげる。


「さあっ! 始めようぜえぇっ! てめぇの死刑執行だあっ!」


 しかし、獣のように振る舞い荒れるオークを前にして、現れた男は冷静だった。


「いいさ。また付き合ってやるよザドリエ。お前の暇つぶしにな」

「う゛か゛あ゛あ゛ぁ゛っ゛!」

「あ、あにきっ!」


 殺意を剥き出しにして魔雀へと臨むザドリエに、慌ててゴブリンが続く。

 以前と同じ三魔戦。

 これまで何度も敗北を味わったその状況に、元勇者であり雀奴隷へと堕ちた男は静かに立ち向かった。


 ◇


単体迎撃発動ロン!」


 ザドリエが捨てた南――!

 その南で、これまでザドリエとの戦いでたったの一度も攻撃発動条件成立テンパイすらしたことのなかった男はあがってみせた。


「なっ――」


 ザドリエの驚愕に。


「ひっ――」


 ゴブリンの悲鳴が続く。

 彼らの驚嘆を耳にしながら、彼は静かに点数報告をした。


「リーチ一発自風牌一盃口混一色……12000点」


 跳満直撃!

 それは、ザドリエにとっては自身が受ける筈のない一撃であり、また屈辱でもあった。


「き、貴様あっ」


 既に、ザドリエに思考というものはない。

 彼はただ怒りのままに魔雀をうち、今はただ次の局で憎い相手に仕返すことしか考えてない。


 親番がザドリエからゴブリンに変わる。

 だが、親が誰であろうが

 負けることを強いられていた雀奴隷であったはずの男は、堂々と手を進め。


龍召喚儀式カン!」


 まるでそう、彼は――彼自身が目にしていたナキのように、まるでこの場の支配然として振る舞った。

 すると、カンドラは彼が鳴いた四萬の明槓がドラとなる!


「なにっ!?」

「た、たかがドラ4じゃねぇですかっ」


 しかし――。


「ドラ4? 本当にそうか?」


 彼は、自らがツモったリンシャンハイで……さらに鳴く!


龍召喚儀式カン!」


 彼が鳴いたのは八筒!

 そしてカンによって王牌の一枚が再びめくられる――現れたのは筒子の七!

 つまり、彼がカンした八筒も、全てがドラとなった!


「ドラ……8っ?」


 流れるようなカン。

 そして、ドラ8という結果。

 確率的にない訳ではない。

 だが、状況の異様さを感じたのかゴブリンは恐々として息を呑む。

 しかし――。


「だからっ、どうしたあっ!」


 ザドリエは、場の空気など一切気にすることもなく、自らの牌をつもり……無警戒に西を捨てた。


単体迎撃発動ロン


 そして、直後に発せられる、雀奴隷の声。


「なっ――」


 もはや、刹那的な後悔に意味はない。

 ザドリエはただ、彼の放った魔雀術をその身で受けるしかなかった。


「自風牌対々和ドラ8……24000点!」


 三倍満!


「ぐっ――ああっ、あああああああぁっ!!!!」


 この一撃と先程の跳満を合わせて合計36000点!

 ザドリエは持ち点の35000をたったの二局で失い、ハコとなり吹き飛ばされていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る