黄色の幸せ

しろえみり

yellow

ジュッ、ジュワー


夢の世界から引き戻され、覚醒し始めた意識の中で一番に聞いた音はそれだった。

油の引かれた熱々の鉄板の上。何かが広がる音。ふわり、鼻をくすぐる優しい卵の匂い。


空の胃袋が叫び声を上げたのと同時に、勢いよく飛び起きた。


「お腹すいた!」

「やっと起きたか。いびきすごかったぞ」


お世辞にも広いとは言えないアパートの一室。狭い台所に立っている彼が振り向いた。


「だって夜中歯ぎしりうるさすぎて眠れなかったんだもん」

「歯ぎしりぐらい我慢しろ」


「とりあえず顔洗ってこい」と彼は面倒臭さそうに言う。彼の言葉に従い、寝すぎて浮腫んだ顔に冷たい水を叩きつけた。


「朝ごはん何?」

「卵焼き」


菜箸で器用に転がされていく黄色を見守りながら、彼の横で完成を待つ。


「ちゃんと甘くしてくれた?」

「ああ。でも俺はダシ派だけどな」

「え〜、甘い卵焼きは正義だから」


彼は甘い卵焼きは好まないが、食べられないわけではないので、私に合わせてくれている。私は絶対に譲れないけれど。


形を綺麗に整えて皿に移すと、出来立ての卵焼きに包丁を入れる。すんなり刃が通っていくので、ふわふわなのは一目瞭然だ。


腹の虫を抑えつつ、白飯を装ってダイニングテーブルに座る。ほかほかのご飯を前に「いただきます」と二人で手を合わせた。


卵焼きを箸でつまみ、口へ運ぶ。前歯で噛む前に、ほろりと舌の上に転がってきた。甘さと卵本来の味が広がり、幸せを噛みしめる。


「美味しい!」


心の底から放った言葉に、彼は「そうかよ」の一言。

本当は嬉しいくせに。照れ隠しだって知ってるから。


「それより、冷蔵庫の中どうにかしろよ。大量の卵しか入ってなかったんだけど」


確か昨日、近所のスーパーで安売りしてたっけ?1パック88円、安い。


「特売品だったから、つい」

「もうちょっと考えて買い物しろよ…」


「しばらくは卵三昧だな」とぼやいている彼は、最後の卵焼きを口に放り込む。


「どうやって消費しようか」

「そうだな、何か食べたいものとかある?」


彼の料理は美味しい。私より上手いことは確かだ。私はすっかり彼に胃袋を掴まれている。

リクエストを聞いてくれるということで、思いついた卵料理を挙げていく。


「オムレツ、煮卵、キッシュに茶碗蒸し」

「トロトロのオムレツにデミグラスソースをかけるのは?」

「あ〜美味しそう!」


食事をしているのにも関わらず、グ〜っとお腹が悲鳴をあげた。

彼はそんな私の腹の虫の音を黙殺し、話を続ける。


「親子丼もいいな〜シンプルに卵かけご飯も」

「卵かけご飯は平日の朝の救世主だね!」


「料理が出来ない彼女にとっての救世主でもある」

「そのナレーションいらないから」


どこかの芸人のように素早いツッコミを入れる。


彼はいつも一言余計である。

彼のナレーションを真似した嫌味は心の中にとどめておく。口に出すと倍返しに合うから。


「パンがあるなら卵サンドイッチもいいな」

「卵サンド!大好物!」


彼の言葉にホイホイ食いつく私はやはり単純だ。

目の色を変えて話す私に毒されたのか、彼も乗り気になってきた。


「今日は天気もいいし、外で食べるのも良さそうだな」

「ピクニックだね!お弁当箱用意してくる!」


ガタン!と勢いよく立ち上がり、駆け出そうとした私の背中に彼の一言が突き刺さる。


「おい!皿片付けてからにしろよ」

「はーい」


彼の言うことはごもっともなので、後片付けをしながら何を作るか話し合う。


肩を寄せ合い、陽だまりの中で彼と過ごす。

なんて幸せな休日なのだろう。

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